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「この作品をそのまま出版しなさい。作品の起源について意見する必要はありません。それが超自然のものであるかどうか、読んだ者ならわかるでしょう。」
ピウス十二世教皇
(1876-1958)
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(ヴァルトルタを読むべきでしょうかとの問いに対して)「私はそれを読むように勧めるのではない──読むように命じる!」
聖パードレ・ピオ神父
(1887-1968)
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イエズス会士。教皇庁立聖書研究所長。ピウス十二世教皇の聴罪司祭、のちに枢機卿となる。「何年か前に、マリア・ヴァルトルタの作品をタイプ原稿で読んだ。特に、聖書解釈、歴史、考古学、地形学の分野に注意を払って読んだ。聖書解釈に関しては、検討した限り、特に際立つ間違いは見つけられなかった。間違いは見つけられなかったどころか、考古学上の、また地形学上の記述の著しい的確さには舌を巻いた。」(1952年1月23日、ローマ)
アウグスティノ・ベア枢機卿
(1881-1968)
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ラテラネンセ大学神学部教授。教皇庁諮問委員
「数年前、わたしはヴァルトルタの作品全部を読んだ。中等以下の教育を受けた女性である著者が、不可思議な力の影響をこうむらずに、これほどとてつもない課題と内容をもつ書物を書くことなど絶対に不可能だと、わたしは考える。……この全集には、思索にしても、文体にしても、光彩を放つ見事な頁が散在している。その心理的状況の描写は、シェークスピアにも比肩し、ソクラテス流の会話の運びは、プラトンのそれをも彷彿とさせる。」(1952年1月21日、ローマ)ウーゴ・ラッタンツィ
(1899-1969)
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ローマ大学医学部教授。臨床医、また依頼されて詳細にわたって診察もする
「この作品は、文体といい、言葉と表現形式の美しさといい、そこそこの文学的教養をそなえた女性からとはとても期待できない、正真正銘の名作だと私は思う。その本質的な特徴において四福音史家のそれに合致し、符号しているのみならず、より細部にわたって彫り刻まれ、四福音史家が書いていない、贖い主の人としての生涯の空白へ脱落部分を埋めている、と断定せざるを得ない。しかし、医者であるわたしが驚きと賛嘆を禁じ得ないのは、十字架上の臨終者キリストの場面の叙述である。それは、経験豊かな、ほんの一握りの老巧な医者のみが語ることができる現象学である……」(1952年1月23日、ローマ)ニコラ・ペンデ
(1880-1970)
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修道司祭。マリアに関する神学、マリア論の権威。
ラテラネンセ大学神学部教授
(主著 「聖母マリア マリア・ヴァルトルタによるマドンナの生涯」上下巻)
「マリア・ヴァルトルタの未発表、あるいは発表された書物から明らかになった彼女のマリア論は、わたしにとってまことに一つの啓示であった、と率直に告白しなければならないと感じている。マリアに関係する書物全体をもってさえも、『神の傑作』(マリア)についてのかくも明快な、かくも強烈な、かくも完成された、かくも生き生きと輝きを放つ、かくも心を魅了する、単純素朴だが同時に崇高な一つの思想を、わたしに与えることはできなかった。」(1973年 ローマ)ガブリエレ・マリア・ロスキーニ神父
(1900-1977)
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典礼聖省秘書官
「福音書に反することはここには何もない。むしろ、この作品は、福音書を良く補間しており、その意味をさらに良く理解するために貢献するものだ。」(1946年)アルフォンソ・カリンチ大司教
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在エルサレムのフランスの聖書学/考古学研究所の研究者
「私はマリア・ヴァルトルタの作品中に、少なくとも六つか七つの新旧約聖書には出てこない都市の名前があることに気づき、大いに感動した。これらの名前は、聖書以外の史料によってごく少数の専門家に知られているだけである……著者が主張しているように、啓示を通して示されるのでなければ、どのようにして著者はこれらの名前を知り得たのか?」(1986年、エルサレム)フランソワ・ポール・ドレフュス神父
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ラッツィンガー枢機卿(教皇ベネディクト十六世)は、メジュゴリエに介入し、巡礼者が御出現の地として訪れることを阻もうとした地元司教を制止したことが知られている。幻視者の一人ヴィッカは、聖母マリアは「もしイエズスを知りたいならば、ヴァルトルタのこの作品を読みなさい」と薦められたと言う。また別の一人マリア・パヴロヴィックは、聖母マリアが「これを読むことはかまいません」と言ったことを報告した。イタリアから大勢の人々がメジュゴリエを訪れるので、イタリアの司教会議は1990年代前半、その審議の中でマリア・ヴァルトルタの作品について討議した。
メジュゴリエの幻視者たち
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古代暦の専門家、ヴァルトルタの作品に関する本の著者
「マリア・ヴァルトルタの作品中で起きる出来事とその発生について、系統立てた年代記を作ったが、神が介入したとしなければ、説明がつかないものだった。」(1995)ジーン・オラグニール
マリア・ヴァルトルタの著作を承認/支持したその他の著名な人々のリストはこちらをご覧ください。