1943年11月24日
十一月二十四日
イエズスが言われます256。
「罪深い被造物を救うために、自ら257の一部を肉とした神の前で、宇宙は驚愕し、崇拝の沈黙の中でひれ伏し、罪にまみれた惑星に愛をもたらすために降りてきた完全なる者に歓喜し、天界と世界の賛美を一斉に響かせます。
勝利者である、わたしの聖なる息子は、悪の勢力を追跡し、敗走させ、神と人間の間に同盟と平和の協定をもたらすために来ました。
彼は今もあなた方の間を通り過ぎ、愛の痕跡だけを残します。その痕跡は、純粋で誠実な心を持つ者だけが認識し、従うものです。なぜなら、平和は平和な者を、いつくしみは善良な者を、正義は正しい者を、清純は清い者を惹きつけるからです。彼は今もあなた方のところに来て、手を取り、『恐れることはない。わたしはあなたを助けるために来ました』と語りかけます。
あらゆる困難、あらゆる苦しみ、あらゆる不幸の中で、なぜあなた方は疑うのですか? あなた方の中には、父が拒むことのできない方がいます。なぜなら、御子は、わたしのあらゆる望みを超えたのですから、彼に正当な報いを与えなければなりません。
ああ、キリスト教徒たち、御子の子らよ、御子は人として、神として、犠牲を払ってあなた方に恵みをもたらしました。あなた方が、どんな運命から引き出されたのかをよく考えるならば、全生涯にわたってわたしを崇拝し、愛するだけではいられません。もし、人生を何度も生き直すことが許されるならば、百回以上の人生にわたって、わたしを愛し、崇拝するはずです。だから、わたしをこの上なく愛しなさい。あなた方に命を与えるために来たわたしの言葉を、同じくらい愛しなさい。
あなた方は、たとえ死んだとしても、主を信じるならば再び生き返ります。あなた方が乾燥した不毛の地であったとしても、緑と新鮮な水で覆われるでしょう。なぜなら、わたしの聖なる御子が通り過ぎ、休む所には、主の恵みが川となって流れ、ユリやバラが咲き、ヤシの木やオリーブの木が育つからです。人の心の美徳が杉の木よりも高くそびえるように。
腐った藁の山から花が咲くように、汚れた大地から聖人が立ち上がるのを見たとき、無でしかない人間からキリストの選手が立ち上がり、闇があったところに光が輝き、沈黙のあったところに声が響き、神の名において照らし、教えるのを見たとき、あなたの視線と魂を高めて奇跡を生む力を求めなさい。それはわたしの力です。泥から人間を創造したように、人から聖人、神の担い手、神の幕屋、聖なる箱を造り出すことができる力です。そこに、わたしの栄光が留まり、そこから、わたしの知恵が霊たちに語りかけます。
わたしたちに近づくことを恐れてはいけません。わたしたちは、あなたを愛しています。一位だけを愛して、他の二位を愛さないようなことをして、わたしたちの一体性を分断してはいけません。わたしたちは互いに愛し合い、愛によって結ばれています。同じようにしなさい。
御子は、あなた方に父をないがしろにさせません。そうはさせません。御子は、あなた方にわたしを愛するように教え、その聖なる唇から天の父への完璧な祈りを溢れ出させました。御子は、あなた方に聖霊をないがしろにさせません。そうはさせません。説教の入口で聖なる父であるわたしに祈るよう教えたように、受難の入口で真理を照らす者として来る弁護者を愛するように教えました。
父がなければ、あなた方は御子を得ることができず、御子がなければ聖霊を得ることもできなかったでしょう。聖霊がなければ、御言葉を理解することはできず、御言葉を理解しなければ、御言葉の教えに義人として従い、父を所有することはできません。
光の楕円のように、原因と結果は神(上の極)からあなた方(下の極)へと向かい、そして、あなた方から神へと戻ります。この神秘的な放物線に亀裂を入れることはできません。一体性は、決して破られません。もし、破られるようなことがあれば、歪んだ愛では、もはや完全性へと安全に昇ることはできません。なぜなら、あなた方の無秩序によって、カリタの軌道を乱してしまうからです。カリタは、神をとは何かを理解し、神を愛した霊魂たちを引き寄せる神聖な網のようです。神は、完全な霊です。その愛は人間性が排除されます。
わたしの御子がもたらしたものとは異なる教義を告げる偽りの声に耳を傾けてはなりません。もし、『新しい言葉』の運び手が、命の言葉を語ろうとしても、そこに命が宿っていないなら、どうして語ることができるでしょうか。彼らが、偽りの神々の似姿よりも偽りであるなら? 彼らを神に仕立ててはいけません。自分を神だと信じさせることは忌まわしいことであり、それを信じること自体が忌まわしいです。神は唯一、わたしと、わたしが遣わし、愛のゆえに受肉した者だけです。他の者は、サタンに売られた邪悪な者たちであり、あなた方を呪われた蛇に売り渡します。
わたしの聖なる御子を見なさい、僕のように従順なキリストを。父への愛のために、わたしと永遠に等しい者を。彼は、わたしの胸から苦しみを取り除き、わたしから離別した子どもたちをわたしのもとに連れ戻してくれました。わたしの霊は彼の中にあります。なぜなら、わたしは父の思想の奉仕者となる彼と一つだからです。彼をあなた方のうそつきの『救世主』と比べてください。そして、わたしの息子がいかに優しく完璧で、人々に待ち望まれた者であり、世界の救世主であるかを思い浮かべてください。
あらゆる美徳が完成されている彼のうちには、正義といつくしみが宿っています。しかし、彼は、優しく聖なる存在であるため、押し付けたり、叫んだり、脅したり、抑圧したりすることはありません。あなた方全員の長子であり、永遠より主に聖別された者は、愛の声で語り、模範によって教え、犠牲をもって贖います。それはまるで、四月に空から降る温かい水のようです。花や土塊を浄化し、蘇らせ、嵐で葉が落ちてしまった場所に命をもたらします。それは、道を照らすために降りてくる光のようで、とても穏やかなので、なくなって初めて気づきます。それは、真実に導くために呼びかける声のようであり、その唇には人間の悲惨さについての厳しい言葉はありません。
彼は、あなた方にわたしの法を伝えるために父の懐から離れ、暗い人生と悲劇的な死へと自らを犠牲にしました。それは人類と神との同盟の協定が、いかなる力によっても取り除かれることのない印章によって封印されるためでした。それは、彼の血です。赦しの条約の末尾に、輝く署名です。
彼は、神としての不滅の力を、人間という新たな姿においても無効化されることなく、支配するためではなく、あなた方が支配者となるために用いました。悪、病、死を支配するために。彼はその知恵を、あなた方を打ち砕くためではなく、高めるために用いました。彼は、あなた方に天国への道を阻む生涯を乗り越えさせるために、自ら身代金、道、橋、桟橋になりました。
そこで、わたしは、彼、罪なき者に、重い手を置かなけなければなりませんでした。なぜなら、あなた方の罪は、過去、現在、未来において無限ですから、それらを帳消しにするためにささげられる犠牲も無限だったからです。この犠牲の量を測ることができますか? いいえ、あなた方にはできません。神であるわたしだけが、知ることができます。わたしだけが、わたしの神聖な子の苦しみを知っています。
数時間続いた肉体的な苦しみを見てはいけません。御言葉が苦しんだのは、その時間だけではありません。いつも、いつも、神の至福の中には、言いようのない苦しみの川がありました。最愛の父に対する侮辱への苦痛、弁護者の光に対する軽蔑への苦痛、群衆にもたらされた御言葉が無駄になったことへの苦痛、将来の罪が、最も神聖な彼そのものの聖性に汚れた足を置くであろうことへの苦痛、生きている者たちの大部分にとって、犠牲が無駄になることへの苦痛。
当時の盲人たちが肉体を拷問するときに用いた鞭、棘、釘を見るのではなく、あなた方がわたしの聖なる者の祈りに抵抗することで彼にどれほどの精神的苦痛を与えているかを見てください。
あなた方よりも耳が聞こえず、目が見えない人は誰ですか? あなた方は、鼓膜や瞳孔は壊れていませんが、魂が壊れています。そのため、わたしの御子があなた方にもたらすために来た崇高な法は、今もあなた方にもたらされていますが、あなた方に浸透していません。あるいは、浸透したとしても、まるで破れたふるいを通したように、すぐに流れ出てしまいます。
このように、あなた方が自発的に引き起こしたこの精神的歪みの結果として、あなた方は命と財産を失うばかりでなく、愛をますます失い、従って神をますます失うという残虐な闘いを起こしているのです。
けれども、あなた方全員が、らい病人というわけでも、サタンに取り憑かれているわけでもありません。あなた方の中にまれに、牡蠣の中の真珠のように、わたしの息子とわたしに忠実な人たちもいます。そのたちにわたしは言います、『わたしたちに忠実であり続けるなら、わたしは、あなた方と共にいることを誓います。わたしの言葉の伝道者となり、わたしたちの正義、いつくしみ、聖性の証人となりなさい。この世で、あなた方はわたしたちの近くにいて、次の世でもわたしたちの近くにいて、神の働きを見るでしょう。
わたしがすべての裁きを委ねた者が来て、収穫物をもみ殻から分け、小羊を祝福し、マムシと雄羊を呪うとき、あなた方は彼の周囲にいるでしょう、受肉した神の壮大で威厳のある光を取り囲む祝祭の光輪となって。あなた方は、神の新しい民になるでしょう。わたしの祝福された最も聖なる子が統治する民に。そして、あなた方は星々や惑星に彼の賛歌をささげるでしょう。なぜなら、これまで行われたことはすべて、犠牲者にして英雄であり、聖なる者のための王座を作るために行われたからです。彼は汚れがなく、父の喜びが宿ります。彼の勝利の時、星々や惑星は、世界の王が通り過ぎる宝石の絨毯の役を果たすに違いありません。そこには、永遠のエルサレムに入る聖人たちの行列が続くでしょう。その時、この創造の物語は、地球の破壊と異邦人の審判で終わるでしょう」。
この口述の最初に「イエズスが言われます」と書きました。けれども、あなた258がご覧のとおり、至聖なる御父が御子を称えておられます。