手記 Quaderni

1943年11月12日

 十一月十二日

  イザヤ書四章二~六節

 イエズスが言われます。

「わたしの平和な王国が来るとき──約束を破らないわたしが約束したのですから来ます──地上の善い人たちは全員、わたしのところに来るでしょう。それは、わたしがあなたに話した時期245、つまり、霊が進化を遂げ、あなた方が自発的に二手に分かれる時期です。霊の外側に生きる者たちは闇の中に潜み、悪の君の兵士となるのを待ちます。霊の中に生きる者たちは、神の聖なる御子、主の胤の従者となり、恵みの中で人々に愛され祝福されるでしょう。その時彼らは、今は選ばれた少数の者たちだけが理解しているものを理解し、私の栄光がどのようなものか、そして、神の子としての彼らの栄光がどのようなものかを知るでしょう。

 わたしは、わたしの聖人たちを集めます。わたしを愛し、従順かつ忠実に従う者は、だれでも聖人だからです。わたしは、彼らを地球の四隅から集めます。そして、彼らの愛ゆえに、わたしは人間の罪を赦しましょう。聖人たちの善良さは、正義の厳しさを消し去り、わたしの愛と聖人たちの愛は、地球をその火で浄化するでしょう。地球は、巨大な祭壇のように、自身と神との間に平和を保ちます。この祭壇で主は人々に真実の正確な知識を教えるでしょう。そうすれば、人類がキリストを崇拝しているのを見て激怒したサタンが最後の戦いに身を投じる時も、善良な人々がひるむことはないでしょう。

 霊と霊との戦いです。サタンは、最も弱い者たちをできるだけ多く惑わすために、霊たちに悪魔的な戦いをしかけて、わたしの霊的な王国と教えに反対するでしょう。サタンの保留地、その要塞には、獣とその使者たちが敗北した後もなお獣に忠実であり続けた者たちが隠れているでしょうが、サタンはそこから誘惑の使者を引き寄せ、善と悪の木の根元から始まった神の御業を、最後とばかりに滅ぼそうとするでしょう。

 サタンの時代は、反キリストの時代の三倍も激しいものとなるでしょう。しかし、それは短期間で終わるでしょう。なぜなら、その時代に生きる人々のために、天国の光の中で勝利を収めた教会全体が祈り、愛の浄化の炎の中で煉獄に立つ教会が祈り、そして最後の殉教者たちの血を携えた戦う教会が祈りをささげるからです。

 暗闇と熱気、サタンの嵐と稲妻が世界を揺るがすなかで、すべての力が流れ出る幕屋の影に留まることができる者たちは救われます。なぜなら、わたしは生きる者の力であり、信仰と愛をもってわたしから糧を得る者は、誰でもわたしの力と一つになるからです。そして、救われる者はほとんどいないでしょう。わたしの何世紀にもわたる人間への愛にもかかわらず、人間は愛することを学んでいないからです。

 けれども、もし、失われる人がいたとしても、誰もわたしを責めることはできません246。わたしが何をしなかったと言えますか。おお、神の子らよ、あなた方は、父の家から遠ざかることを選び、時には神聖な生得権を神の敵に売り渡すことを選びました。全能のわたしなら、悪があなた方に罠を仕掛けるのを防げたはず、わたしの権威によってあなた方を善良にできたはずなどと言ってはいけません。それでは、あなた方は足で踏みつけられても何も感じない草よりも価値がない者になってしまいます。草は種から発芽し、神の定めに従います。草は自分で生え、自分で成長します。そしてあなた方のような、至高なる神からの配慮を少しも受けません。草は神から太陽と露、土を受け取るだけですが、あなた方には、あなた方を導く知性があり、あなた方を照らす恵みがあり、あなた方を統制する律法があり、先生としてのわたしがいて、救いの血があります。

 わたしはあなた方にすべてを与えました。そして、あなた方がくれたものは、ほんのわずかか、それ以下です! わたしは神の忍耐強さであなた方を守ってきたのに、あなた方はいつもわたしに反抗しました。最も罪が軽いのは、いつも怠惰な人です。あなた方は、あなた方のためにすべてをしてくださった神に与え過ぎることを常に恐れてきました。

 これが、あなた方に罰が下る理由です。それらは依然として愛の呼びかけです、あなた方に神が存在すること、そして、あなた方がわたしを否定するほどの忠誠心で仕えている他の神々は、偽りの約束と確実な悪以外何も与えないことを納得させるための呼びかけです。あなた方が偶像崇拝と不品行を増やすにつれて、罰は罰を呼び、わたしは大きな罰を与えることになります。そして、これはその一つです。わたしのブドウ園の一列だけではなく、ブドウ園全体が、あなた方が仕えている者によって開けられ、侵略され、荒らされ、ひっくり返されます。あなた方に彼の死の賜物について説得することを任せているその者によって。

 こういうわけで、あなた方に言います、『神のもとに来て、思いと心の真実をもって神に呼び求めなさい。そうすれば、血塗られた地平線に神が現れ、拷問者サタンは逃げ去り、あなた方は自由になるでしょう』。

 けれども、あなた方は神を呼びません。共通の悪を一つの善に変えることばかりに目を向けます。つまり、富を増やし、ますます大きな権力を握り、享楽に浸ることに。苦しむ人々──その中の最善の人々──のことを気にかけません。ましてや神のことなど気にも留めません。それどころか、あなた方冒涜者は反抗的に立ち上がり、大胆にも神に呼びかけて、自分たちの悪魔的な行動と思考を正当化しようとします。『神はいない。われわれが神だ』と心の中で言い聞かせているがゆえに、神に正体を明かすように挑発します。サタンはすでにあなた方の呪われた舌と売られた魂に地獄の残り火を積み上げています。わたしは、怒りをもってそれを燃え上がらせます。

 人間の皮を被った蛇よ、わたしは今からお前たちを呪う。そして、もしお前たちが、わたしの聖者たちの破門やわたしの善良な者たちの呪いを、お前の上に落ちても痛くない雀の羽のように受け止めるなら──お前たちは花崗岩の心をもっているのだから──わたしの呪いはお前たちを貫き苦しめるだろう。なぜなら、わたしはこうしようと思うだけで、谷を開き、山を裂き、海を分け、地を揺るがす者であり、お前たちの心の石を貫き、吹きガラスの脆い泡のように粉砕することができるからだ。

 冒涜者、うそつき、邪悪な者たちよ、お前たちが行うすべての悪事、お前たちがわたしから盗むすべての魂のために、お前たちは呪われる。神の善良さに対して絶望させ、悪い見本を示して堕落させ、あらゆる方法で破滅させてわたしから奪う魂たち。けれども、恐れることはない。わたしはお前たちが力で悪に陥れた弱者に対し、正義と慈悲を示すように、お前たちに対しても正義と無慈悲を示す。この地上においてさえも。何千人もの苦しみから生まれたお前たちの力、奪った富は、汚れて過ぎて燃やされた藁の煙のように、お前の手の中で消え去るだろう。限界を越えたお前たちに、防御手段は何もない。

 聞く耳のある者は聞きなさい。至聖所、エルサレム神殿の選び抜かれた聖域の名において語る聖なる者の純正さに、血に染まった手は向けられません。なぜなら、その基礎は、着工される前から、わたしの英雄たちの血で洗われ、その石は数えきれない殉教者たちの血を露のように浴びていたからです。そこには247、わたしが選んだ石(ペトロ)の肉体が眠る寝台があり、主と共に復活するのを待っています。そして、わたしはあなた方に誓います、その場所はソロモンの神殿よりもはるかに神聖であり、すでに楽園となっているこの場所を冒涜する者には、主の栄光に挑戦したすべての人々に起こったと同じことが起こるでしょう。その理由を理解しなさい」。

注

  1. 多くの口述で同様の言及がある。たとえば、「自発的分離」については、八月二十一日、八月二十二日、十月二十八日など。

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  2. この行に著者の鉛筆でイザヤ書五章一~二十九節を参照するようにと書き込み。

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  3. タイプ打ち原稿に著者による脚注がある。「ローマ。ローマの全域に初期キリスト教徒の血と徳が浸み込んでいるから」。

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