手記 Quaderni

1943年11月2日

 十一月二日

 昨日は来訪者があり、しかも不快なイギリスからの襲来223もあり、書くことを中断されたので、十一月二日の今日、再開します。

 あの苦痛に満ちた十五分間に耐えた印象については、色々あったとあなた224に申し上げます。

 まず、祈るだけで心が落ち着きました。わたしが自分自身のために、そしてわたしのベッドの周りに集まったみんなのために、そしてさらに愛を広げて、通りの逃げ惑う人々や家の中で震えているすべての人々のために神に祈っているとき、その力強い名の神がわたしの願いを聞いてくださらないはずがないと思えました。祈りの間に、わたしは神から抱きしめられている、神に守られているから大丈夫、という感覚が三、四回ありました。

 わたしのように深刻な病状で、心が苦しくなかったと言えばうそになります。轟音、叫び声、車同士の衝突、人が倒れるのを見ること、口論、ニュース、などなどがわたしに印象を与えるなら、その結果、わたしの肉体の心がどんなに苦しんだかは容易に理解できます。でも、あなたがご覧になったように、強い注射で心臓を助けられたので、気力は残っていました。

 第二に、カトリック信仰に反するあの告白があって、もしこの日に敵が来るなら、事態は悪化するだろうと感じていました──むしろ、確信していました。そして、そのとおりでした・・・!

 第三に、全部終わってみると、二十日間わたしを苦しめていた空爆の悪夢が終わったのだとほっとしました。前に夢のことを申し上げたとき、十五日前225マッツィーニ広場で五人が死亡した事故のことだと思いたい気持ちがありました。けれども、わたしは、その届かなかった弾丸でもうすべて終わったという幻想を育てたかったのです。

 もうすべて終わったのでしょうか? 神のお望みのままに。なぜなら、あなたに告白しますが、生き埋めにされるとか、病院でバラバラに引き裂かれて死ぬとかは、考えられないからです。わたしは五つの病気を受け入れます。あと五つ、さらに十の病気、あらゆる苦痛を受け入れることに同意しますが、願いは一つ、イエズスがわたしのために多くのことをしてくださり、イエズスのためにわたしにとって神聖な場所であるこの家にいられることだけです。なぜなら、家はイエズスから与えられたものであり、わたしの家族がここで亡くなったからです。

 最後の第四の印象は、あなたへの感謝の気持ちです。きっと、来てくださると思っていましたが、御姿を見て感動し、落ち着きました。ある瞬間、わたしたちは決して、十分に赦され祝福されることはできませんから。

 あなたがご不在だったこの数日間、わたしは自分自身か、あるいは皆に大きな不幸な出来事が起こるのではないかと不安な気持ちでいました。経験から言って、医師や司祭は、最も必要とされ求められているときに、なかなか見つけられないものです。だから、あなたが遠くにおられて残念でした。わたしのことを思ってくださるのは、あなただけですから。

注

  1. 一九四三年十一月一日の夕方、ヴィアレッジョへの最初の空爆があった。

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  2. ミリオリーニ神父のこと。

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  3. アプアーネアルプスで軍事演習が行われていた際、海に落ちるはずだった弾丸がマッツィーニ広場に落下し、五人が死亡した。

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