1943年10月30日
十月三十日
イエズスが言われます。
「一緒に知恵の書を読みましょう。それは、地上のすべての権力者に対して何度も口述してきたわたしの勧告から始まります。力よりも正義において強くなりなさいという勧告です。
力は神聖さの属性ではありません。それは、人間を超人的な存在にするものではありません。あなた方を高めるのは、霊の力だけです。けれども、それは、あなた方が偉大なものであるかのように愛し称賛する強さとは正反対です。
あなた方は『暴力』、『横柄さ』、『狂暴性』を愛し、この三つを『強さ』と呼び、鎖につながれた獣が調教師の支配を恐れるように、恐怖からそれを崇拝します。しかし、気付いてください、この強さは獣に共通しています。それは、単に血肉の強さであり、血肉の行為をさせます。したがって、それが正義であることはほとんどありません。
以前に言ったこと215を、繰り返します。『あなた方権力者が力を持つのは、わたしが許す限りであり、それ以上ではありません』。それでは、特別な権威を持たない人たちに対してむちを振るうとはどういうことでしょうか? あなたが王なら、継承によって得たその職務がなかったら、あるいは、あなたが高官、大臣、知事、町長、使節上、工場長、事務所長、修道院長であるなら、幸運と狡猾さによって得たその職務がなかったら──あなたはほかの人たちとどのような点で違いますか? 何も違いません。
多くの場合、あなたよりも下の人の方がその地位にふさわしいです。人間的にも、そして何よりも、霊的にも。彼らが恐怖から沈黙を守っていたとしても、あなたは彼らと神によって裁かれることを忘れてはなりません。神はほかの誰よりもあなたの行いをよく見ています。あなたは最も腐敗した池から出た冠をかぶった金色の像、黒い泥の像です。あなたが香をたいてもらうために行う、欺瞞的で強制的な儀式は、神を不快にさせます。その大勢の中で、強制されて仕方なくそうした人たちを神は許し、あなた方と、そのほかの人たちを呪います。あなた方を神であると信じる偶像崇拝者たち、わたしに対して与えない名誉と尊敬の儀式を与えるほど、あなた方を偶像崇拝する人たちを。
地球を創造した神は唯一です。あなた方は短い日々の中で、愚かで残酷な傲慢さで地球を支配しています。あなた方が真に『偉大』で『強い』者になりたいなら、偉大で強い者である神から、この偉大さと強さを授かりなさい。神の言葉に従い、神の子であり続けることによって。あなた方は、すべてのものの父なる創造主である神に比べれば、女から生まれた最も小さい者にすぎません。神は、あなた方が過小評価する小さい者を、その神聖さゆえに愛し、貴重な真珠のように心に留めておくことができます。一方、あなた方が不安定な高みの座から神に挑戦するのを非難の目で見ています。
地を統治するあなた方には、どれほど光が必要なことでしょう。光は神から来ます。神だけが光の父であり、光の創造者です。だから、神の聖なる光線の下にとどまって、光に従いなさい。闇のために光を拒否してはなりません。
主をあなた方の助言者として求めなさい。彼は、あなたの周りに立って、おだてて最悪の本能を刺激するような、愚かでうそつきで利己的な助言者ではありません。彼には、あなたを欺いて失脚させ、あなたが落ちた座を乗っ取ろうという卑屈な心や利己的な意図はありません。
しかし、この神聖ですべてを見通す主を、偽りの意図で求めようとしてはいけません。常にわたしとわたしの神の名を挙げて、自分たちは狼なのに小羊のふりをして群衆を騙す者たちは呪われます。偉大で力強いその御名は、祝福された人たちには祝福された太陽のように降り注ぎ、また、この地上と悪魔のすみかの邪悪な人たちに稲妻のように雷鳴と輝きを発し、彼らの心を燃やす冒涜的な炭を彼らの唇に降り注ぎます。
子らがわたしを呼ぶところにわたしはいます。しかし、わたしは、悪人がわたしの助けを借りて行う行為を認めません。人々よ、わたしが彼らと共にいると信じさせ、わたしの正義を疑わせる彼らのはかない勝利は、わたしから来たものではないと考えなさい。彼らの指導者であり父であるサタンこそ、彼らを自分の息子、忠実な兵士として扱い、死後にさらに大きな苦しみを与える者なのです。
わたしはわたしを信じる信者がいるところにいます。けれども、彼らは信者ではありません。もしそうなら、彼らはわたしの言葉とわたしを遣わした方の意志を守るでしょう。ところが、彼らは前者を踏みにじり、後者に従わず、愛に反する憎しみと、冒涜的な欲望と、魂を堕落させる傲慢さで自分たちの霊を殺すことによって聖霊を怒らせています。彼らは風と邪悪な流れに巻き込まれた舵のない船です。彼らは神という目標からどんどん遠ざかり、最終的には奈落の底で滅びます。
肉欲や、肉欲の真髄である地獄の思いで満たされている心に、神が光を持ち込むことはできるでしょうか? かつて神のものであった心が悪事によって神から離れてしまったとき、わたしの霊は、その心を支配し続けることができるでしょうか?
わたしは慈悲深い者です。同情し、赦します。大いに赦します。あなた方が人間の弱さから行うことを赦しますが、冷酷な人間の計算で行われることは赦しません。そして、自分の考えをサタンに売り渡し、盗賊よりも多くの罪を犯し、他の人にも罪を犯すよう唆し、そして何よりも魂に神を疑わせる罪を犯す者たちに対しては、わたしの厳しい審判が下ります。
今日、この殺人と神殺しの罪は、少数の人だけに限定されたものではありません。彼らは肉体と魂を殺し、魂の中の神の概念を殺し、彼らを空洞の眼窩のように盲目にします。
群衆は気づくのが遅いです。しかし、肉と霊が邪悪なあなた方が考え、行動するなら、その瞬間に、全員が最も厳しい裁きで裁かれることがわたしには分かります」。
注
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十月二十三日の口述。