1943年10月26日
十月二十六日
イエズスが言われます。
「信仰心のない、あまりに人間的な人々は、合理主義によって神の自由で素晴らしい働きに対して懐疑的になっています。彼らがあなたの事例を判断するときに、気を付けなければならないことの一つは、わたしの伝え方の違いです。
それは証拠となるはずです。けれども、不信仰ほど目を見えなくするものはなく、この世の精神ほど神の現実を歪めるものはありません。だから、神への信仰という大海原で帆を広げる方法を知らず、陸地の近くにとどまり、合理的な科学と霊的な無味乾燥の浅瀬にとどまることを好む人々は、ここで阻まれて立ち止まることになるでしょう。彼らは調子の違いを指摘して、一方は荘厳で神聖で、古代の色合いを帯びているのに対し、もう一方は控えめで、人間的で、現代的だと言うでしょう。彼らには、あなたの言い訳のように見えるかもしれませんが、むしろそれは、あなたの誠実さの紛れもない証拠です。
わたしはすべての人に王と先生として話しますが、小さな愛すべき弟子であるあなたには、王や先生よりも、配偶者と兄として話します。実際、あなたといると君主らしさは消え去ります。なぜなら、わたしは王座の高みからあなたに話すのではなく、あなたを抱きかかえて愛について話す先生として教えるために降りてくるからです。
話している人が二人なのではありません。何よりも、あなたが二つの声を出しているのではありません。語る者は、わたしです。神であり、王であり、人々の先生であり、あなたをわたしの愛のために選んだ者であり、あなたの配偶者です。