手記 Quaderni

1943年10月23日

十月二十三日

 イエズスが言われます。

「これは、あなたを苦しめることでしょう。けれども、愛と痛みの小さな花嫁よ、いつもあなたひとりだけに話すわけには行きません。

 皆のために書きなさい。オバデヤの言葉の中には、今世紀のイタリアがあります。土の記述も間違いありません。

 おお、イタリアよ、わたしが多くを与えたのに、わたしを忘れ、わたしの恩恵を忘れたイタリア! そして、ピエモンテは、モーセの幕屋に劣らず、神のあかしがある場所です。というのも、モーセの幕屋には神の預言者によって書かれた二枚の石板がありましたが、ここには、犠牲となったわたしの裸体を包むために慈悲からささげられた亜麻布209があるからです。そこには、神の血のインクでわたしの受難の物語が書かれています。そのピエモンテから、間違いが始まってしまいました。その間違いは、今では痛ましく咲きほこっています、あなた方にこのような有毒な果実を与えることになるのですから!

 人間の永遠の罪である心の傲慢さが、指導者たち、おお、イタリアよ、あなた方の指導者たちを、惑わすようになりました。彼らの勝利は致命的でした。神の賜物が、父を尊敬し愛している誠実な息子の心に届かないときは、常に致命的です。

 その賜物は、その善とあなた方の中にある悪が混ざり合って発酵し、破壊の混合物を生み出します。まず、あなた方は、自分自身の中の恩寵を破壊し、次にあなた方に対する神の慈悲を破壊し、そして第三に、その慈悲の果実を破壊することになります。あなた方の場合、国家の復興という正当な動機に自尊心が混ぜられていました。自尊心は、傲慢と誤りの元となりますから、あなた方の最初の勝利は、わたしがあなた方に与えた善を破壊しました。

 あなた方は、すぐに間違いを犯しました。成功してきたから安全だと思ったでしょう。けれども、おお、君主や支配者たち、あなた方は知らないのですか、あなた方がいられるのは、わたしが望む限りであり、あなた方の間違いは、わたしの『もう十分だ』を引き起こすまでのものでしかないことを? あなた方が地上で最も強大な存在となり、あなた方の王座は鷲が舞い上がる山頂に置かれ、この地球の頂点を飾る山々の岩石で作られ、わたしの星々で飾られていたとしても、わたしの意志の一念は、それを打ち砕き、その残骸を谷の深みに投げ込むことができるのです。

 あなた方は、強いのは唯一者であり、すべての力は彼から来ているということをあまりにも忘れています。神の慈悲によって回復した奇蹟的な健康を悪用する人々と同じように、あなた方もわたしが与えた満足感を悪用し、わたしとわたしの掟がなくても大丈夫だと思いました。

 おお、王たち、そして民よ、わたしの十字架とわたしの教会に偽りの敬意を払っても、何の役にも立ちません。人は十字架の掟に従って生きなければならず、教会を真に尊重しなければなりません。神は嘲笑されることも、騙されることもありません。彼の無限の忍耐力を試してはいけません。

 あなた方は、一つ、二つ、十の間違いを犯しています。わたしは、あなた方に罰を与えました。わたしは、あなた方に喜びを与えました。あなた方を善へ連れ戻す聖徒たちを送りました。あなた方は、罰に対して反逆で応え、喜びに対しては、それを人間的、時には不法な目的に利用し、わたしの聖徒たちに対しては、嘲笑することで応えました。あなた方はどんどん悪くなりました。わたしが、あなた方を引き付けるために利益を増やすと、あなた方は敵の霊にほほ笑みました。確かに、この民とその統治者には、『もはや分別はなく』、『知恵』はもはやなく、あるのは傲慢、嘲笑、軽薄さ、罪だけだと言えます。

 あなた方は上るために、すべてを足台にしてきました。けれども、神のものは、足の下に置くべきではありません。それは、子どもの心で、ひざまずいて受けるべきであり、人間が勝つために利用してはなりません。さもないと、それらはわたしの怒りの震えで揺すられた凱旋門の石のように崩れ落ちて、あなた方を圧倒するでしょう。

 あなた方は圧倒されます。あなた方の子どもたちは、国境へ追いやられ、もはや神の光のない貧しい国へ追いやられるでしょう。あなた方の子どもたちは、狂暴な羊飼いに背後から叩かれる群れのように、あなた方の現在の主人や過去の主人から殴られます。あなた方は、祝福と平和を手にした聖なる主よりも、これらの残酷な主たちを望みました。赦しを勝ち取って罪を洗い流す涙を流しませんでした。だから、敗者特有の長く嘆きに混じった血で罪を洗い流すことになるでしょう。

 おお、神を友として望まなかった土地よ、お前の友はどこにいるのか? 裏切る者には裏切りが与えられます。そして今、『だれそれが裏切った』と言っても、無益で有害です。あなた方全員が裏切りました。あなた方の父である神を裏切りました。その命の言葉を裏切り、あなた方の良心を裏切りました。あなた方は、大勢のユダです。あなた方は、裏切りによる何らかの成果を期待して、僅かな額と少しのうその約束のために、近くの人も遠くの人も売り飛ばしました。しかし、毒をもたらさなかったものがありますか? 死をもたらさなかったものがありますか?

 あなたは、他人の破滅を喜びました。なぜ? 自分の利益のため? いいえ。二重の罪があります。あなた方は、黄金製に見えていても実は金色の塵でできた子牛を礼拝していました。あなた方が仕えたのは、獣の先駆者たちでした。獣があなた方に与えるのは、暗黒の支配の果実です。死、破滅、悲惨、飢餓、恥辱、隷属、信仰の崩壊、自由の崩壊、名誉の崩壊です。あなた方は、最後の救いである十字架にすがりつかないなら、飢餓と怒りによって狂犬病になった獣のようになるでしょう。互いに引き裂き合い、神の僕たちを殺せば満足できると考えるようになるでしょう。でも、あなた方の間でまだ栄えている善を破壊し、人間の姿をしたハイエナ、人間の姿をした悪魔になるだけです。

 あなた方の良心の中で叫ぶ神の声が聞こえませんか? 天に轟く音が、もう一度あなた方を救おうとして、呼んでいるのが聞こえませんか? いいえ、あなた方には聞こえません。そして最悪なことに、それに気付いて知ることに慣れている人たちさえ、もはやそれを感じません。彼らは、聖別された衣服を着ていますが、心は聖別されていません。彼らは耳が聞こえません。彼らが聞こえないなら、どうやって人々に聞かせることができるでしょう?

 用心していなさい。もう一度言います。徴(しるし)をよく見なさい、神の書物を読む人、単純な信者たち。途轍もない徴です。それらを十字架でかわしなさい。十字架とわたしの像を運びなさい。勝利者キリストとともに、サタンを追い出しなさい。信仰を持ちなさい。信仰を持ちなさい。あなた方は、信仰がないから死にかけています。贖い主であるわたしと一緒に、すべての地域、すべての州、すべての都市を祝福しなさい。祝祭ではありません。今は、その時ではありません。でも、真の崇拝と純粋な祝福は、あなた方と、あなた方の現在と過去の主人たちを執着させている者から解放します」。

 イエズスは、贖い主としての像への祈りが望まれていることを理解させてくださいました。この地域では、聖顔へ。けれども、祝祭ではなしに。それぞれの都市、それぞれの町、それぞれの集落ごとに。

 苦痛なページを書かなければならないのは、拷問のようです。神経が縮むのを感じます。でも、わたしに何ができるでしょう?

注

  1. トリノ大聖堂に保存されている聖骸布。

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