1943年10月20日
十月二十日
イエズスが言われます。
「安息日に、腰が曲がった女が癒やされたエピソードは、まさにあなたのものです。
あなたと、他者たちの人間性が、あなたの腰を曲げています。
あなたは、以前は真っ直ぐでした。小さな魂よ、あなたは、あなたのイエズスへの愛の力にかき立てられて、わたしの道を歩きました。殉教者としてのイエズスの威厳を、あなたは何よりも理解していましたから、あなたも殉教において彼のようになりたいと望みました。それというのも、殉教こそ、愛の公言、告白、完成の実現だと愛から教えられたからです。
その後、あなたは曲がってしまいました。あなたは、以前は天だけを見ていた霊魂を地面に向けました。人間的な関心や愛情が、神の利益だけを気にする霊的な関心に取って代わってしまい。その結果、意図的にそうしたいと思っていなくても、自分の魂の利益を気にするようになりました。人間的な愛情が、わたしへの愛に取って代わりました。
これらの関心や愛情は、わたしの十字架よりも、はるかにあなたを打ちのめしますから、あなたは曲がってしまいました。十字架は重荷であるとしても、支えであり、持ち上げるものでもあるからです。そして、魂を操る悪魔は、あなたの弱点を罪の手段に利用しようとし、あなたが人間的な動機に屈するように働きかけました。
それで、あなたは罪を犯しました? そうです。あなたの罪は、わたしに大きな苦しみを与えました。わたしの知識は、それが一時的な段階であることを知っていましたが、あなたにその段階を経験してほしくありませんでした。それは、あなたをわたしの道から逸らせ、天国から遠ざからせました。
マリア、わたしをたくさん愛しなさい。わたしの慈しみが、あなたに奇跡を起こしました。わたしは、父の愛、医師の業、神の辛抱強さで、あなたを悪に挑ませました。あなたは、ついにわたしの声を聞き、わたしへ立ち返りました。あなたはもう、わたしの道にいて、わたしに従いたい、わたしを愛したいと望みました。でも、あなたは曲がっていました。
あなたの霊は、霊的な病と肉体的性質によるすべての影響から解放されませんでした。あまりに長い間、多くのことに抑圧され過ぎて、苛立ちを感じてきました。そして、実際、あなたを取り巻く人間は、完全な復活の要因ではありませんでした。むしろ、その行動によって、あなたの霊的進歩を無効にし、再び完全に立ち上がろうとするあなたの努力を麻痺させました。これは、あなたの唯一の言い訳です。
けれども、わたしは、あなたがこの状況をも、わたしと隣人たちを愛する理由にすることを望みます。あなたを妨害した隣人であろうと、すべての隣人を愛するために。よく覚えておきなさい。もし、あなたを泣かせた人、あなたがわたしの所へ飛ぶために、今や知られ、実践されている愛が与えた羽をむしり取った人が、生涯を通じてわたしがあなたに特別に与えたのと同じものを持っていたとしたら、その人たちはあなたよりも優れていたのだろうと思いなさい。これは、わたしがこれらの鈍い霊を裁くときに心に抱いていた考えです。そしてこれは、あなたが彼らを完全に赦し、完全に愛するために持たなければならない考えです。
わたしの霊魂よ、わたしは、あなたが脱走の罰をじゅうぶんに受けたと判断し、もう十分償ったと思ったとき、あなたを直しました。あなたに苦痛と、それとともに孤独が降りそうなことが分かりました。わたしは、理由なく『慈しみ』と呼ばれわけではありません。わたしは慈しみです。そして、わたしはあなたの家族、友、喜び、すべてになるために来ました。けれども、まず、あなたを妨害していた最後のしがらみから『解放しました』。
『会堂司たち』──今もいますが、他人の大鋸屑は丸太と見なし、自分の丸太を見ない人たちです。そして、神の働きを分析し、疑問を持ち、批判することが正当であると信じる人たちです──もし彼らが、わたしが奇跡を起こすために選んだ瞬間と理由を知ったら、憤慨することでしょう。
でも、それが何でしょう? わたしは、好きなときに好きなように行動できるのではありませんか? そして、わたしがあなたの不明瞭な虚無を明るい活動力にしたいと思い、あなたの惨めさを宝にしたいと思うなら、それは正当なことではありませんか? そして、あなたの試練がもう十分だと判断し、あなたの忠誠、信頼、悔い改め、愛が、わたしの助けと愛を受けるに値したのなら、わたしの働きを批判できる人がいるでしょうか?
わたしは、愛と謙遜によってわたしの心に大切になった、小さな存在を用いて、わたしの力を輝かせるのを好みます。もし、『完全な人』たちだけを選んだら、哀れな人たちは、どうして天国に入る希望を持つことができるでしょう?
わたしは、わたしを信じ、希望し、愛着を持ってくれる弱者や罪びとたちを選びます──『愛する』とは言いません。もし、彼らが愛していたなら、弱者にも、罪びとにもならないでしょう──わたしは、不完全さの中に完全の血脈を混ぜた子どもたちを選びます。彼らよりももっと弱くて罪深い、哀れな兄弟姉妹のために、彼らを光とし、教えさせます。わたしは彼らを愛で照らし、犠牲への意欲をかき立て、彼らのささげものを受け入れます。彼らが『犠牲』の状態に達したなら、わたしは彼らをその使命のために聖別します。
わたしにとっては、毎日が『安息日』です。なぜなら、完全から見れば、あなた方は常に不完全ですが、あなた方を屈服させるものに、『もう十分だ』と言うことが適切だと判断し、霊魂にわたしを礼拝させるからです。
常に、あなたの過去とわたしの働きを心に留めていなさい。前者は、あなたを謙遜に保つのに役立ち、あなたを後悔で洗うでしょう。後者は、あなたをますます愛で燃え立たせるでしょう。
あなたのイエズスに希望を注いで生きなさい。こんなにあなたを愛したわたしが、あなたに厳しくするはずがありません。
忠実に生きなさい。あなたをわたしから引き離し、あなたを再び深淵に陥れることができるのは、あなたの意志だけです。
謙遜に生きなさい。わたしは、遜る霊魂たちにわたしを伝えます。
愛によって生きなさい。わたしを愛すれば愛するほど、わたしをはっきりと理解できるでしょう。
心に平和を持って生きなさい。あなたの慰めのために、それを与えます」。