手記 Quaderni

1943年9月29日

 九月二十九日

 イエズスが言われます。

「『ペトロのような人』は、いつでも、大勢います。彼らは、わたしから地上的な幸福を贈られることを望みますが、わたしはそれを約束したことは一度もありません。なぜなら、わたしが導くのは天国であって、下界のものではないからです。そして、わたしがあなた方に与えるすべてのものは、地上的な幸福も含めて、あなた方にはもったいないほどのものです。わたしがそれらを与えるのは、あなた方の九割が生身の人間なので、こうした地上的な贈り物を受けなければ、だれもがわたしに背くからです。

 おお、感謝のない子らよ、やはり、あなた方も背きます、あなた方が作り出した悪のせいで、わたしを責め立てます。あなた方が、自分の悪行、欲望、横柄さ、不謹慎、高利貸、詐欺などから生じた悪を、自分のせいだと諦めて耐えられたらよいのですが! 『わたしたちは、これを受けても当然のことをしました』と言うことができれば、その悪もあなた方のためになるでしょう。神は、あなた方の軽率さを哀れんでくださるからです。

 そうです。もし、あなた方が謙虚に罪を認め、その結果を諦めて受け入れ、子どもらしい涙目と嘆願の言葉をわたしに向けるなら。そうすれば、わたしは、あなた方をなおも救おうと介入するでしょう。わたしは、慈しみと赦しの神です、失われたものを探して救うために来ました。わたしは、あなた方に救いと善をもたらす渇望を失ったことがなく、何世紀を経ても──わたしの永遠で──決して失わないでしょう。わたしは、わたしの愛と慈しみを、わたしの正義の上に溢れさせるでしょう。正義は、あなた方を傷つける前にわたしを傷つけます──これを信じなさい、わたしの哀れな子ら。あなた方を罰さなければならないこと、あなた方が自分の頑なな心と愚かな知性が作り出した苦しみで自分を罰さなければならないことこそ、あなた方のイエズスを苦しめます。イエズスは『救い主』であって、処刑人ではありません。イエズスは、ただ、あなた方を救うために、父と聖霊とともに奇跡を行いました。その奇蹟は、言語に絶する無限の愛でした。その奇蹟は天を驚嘆で静止させ、地獄の深淵を怒りで震えさせ、星の運行や宇宙の法則を一時間止めました。その奇蹟は、第二神格が三位一体から発出したことでした──永遠の光、神の御心が──おとめの子宮の中で人間の心となるために、そして、自分たちの光を消してしまった人間たちの光となるために。

 たくさんの新しいペトロたち──今、かつてないほど、世界は彼らでいっぱいです──彼らは、わたしが彼らの人間的な要求を満たさないと見ると、わたしのことを、わたしが言うような力ある者ではないと信じるようになります。そして、わたしにこうした能力がないと見ると、わたしに従って苦労する必要はないと判断し、わたしを否定します。ちょうど、あの時のペトロのように。状況がわたしに不利に見えたあの時の。

 けれども、わたしの哀れな子らよ、人間の目で、わたしがいないように見えるときこそ、わたしは子らに腰をかがめ、彼らのために働いています。あなた方の中に、神に逆らう心がない限り。そして、しばしば、すでにサタンに取りつかれているときでさえも、あなた方は、目に見えないわたしの存在を感じ、あなた方を助けたいというわたしの願いを感じるでしょう。けれども、あなた方は、わたしから逃げます。あなた方は、肉の喜びで誘惑する一時的な友に自分を差し出すことを好みます。その喜びは表面的なもので、実は毒を含んだ有害なものです。致死毒のように。あなた方は、やぶの中に隠れている敵に手足を縛られて、身を任すことを好みます。

 あなた方は、あなた方の神であるわたしを拒むばかりでなく、人間としての尊厳をも拒否します。あなた方の知性は、あなた方を神に似たものとするのですが。父によって創られたすべての動物の中で人間だけが、初歩的な動物的本能によらずに考え、行動することができます。素晴らしい知性で、わたしたちに近い所まで自分を高めることができます。おお、これこそ、あなた方をわたしたちに似たものします! 悪の知識ではなく! けれども、あなた方は常に蛇が立てる音に耳を傾け、悪を知りたい、神のようになりたいと望みます。おお、愚か者、愚か者、愚か者!

 悪は神を支配できず、本質が完全な神は、悪を知ることができます。けれどもあなた方は、知ることができません。あなた方は完全ではありません。悪は、あなた方が悪を調べ、知り、楽しもうとするとき、あなた方を放っておきません。あれをかじった経験は、罰をもたらしました。男には労働、女には産みの苦しみ、人類には苦しみと死がもたらされました。けれども、まだ懲りないあなた方は、常に悪魔の食べ物を欲しがります。そして、それはあなた方の中で徐々に憎むべき業へと発展します。それは、苦しみと死を増加させ、苦労、飢え、この世とあの世のあらゆる罰を増やします。なぜなら、何度も言いますが、あなた方は自分で創り出した悪をわたしのせいにして責めるからです。あなた方は、わたしの罪ではないことでわたしを責めます。

 あなた方、悪意で目が見えなくなった子らは、怒って神から離れ、サタンの深みに落ちます。深みに首までつかり、あなた方に投げられた霊的な綱である信仰にすがりつこうとしません。永遠の善から難破した者たち。

 わたしは、あなた方に真の信仰を持ちなさいと教えましたが、あなた方がその信仰持っていたなら、どんな反対裁判にも負けることはなく、有害事象を克服したでしょう。なぜなら、慈しみの扉は、開けられることを願って軽く閉じられているだけだからです。そして、あなた方は、あなた方の悪事を罰する正義の扉が開かれないようにするでしょう。あなた方に対するわたしたちの無限の愛は、それを閉じることを望んでいます。

 わたしを拒む人たちに対して、あなた方はどう振る舞うべきでしょうか? わたしがペトロにしたようにしなさい。ひたすら祈り、わたしのもとに帰らせなさい。

 天国で席を選ぶのは、あなた方ではありません。ヤコブとヨハネに言いましたが、あなた方にも言います。けれども、わたしの天国で報いを受けられるよう、あなた方の仕事をしなさい。報いに値するためには、どんな仕事をしなければならないか、あなた方は知っています。どのように振る舞うべきか知るためには、あなた方のイエズスを見ればよいのです。カリタ、カリタ、カリタ、何よりも。すべての人の中にわたしを見なさい。あなた方の神を。霊魂たちをサタンからもぎ取るために自分の命を犠牲にするほど、きょうだいたちに仕えたわたしのように、きょうだいたちに仕えなさい。

 霊魂たち、と言いましたが、これは、きょうだいたちの体に慈しみを示さなくてよいということではありません。身体への慈悲の業は、最高の慈悲の業への道を整えるのに役立ちます。それは、貧しい同胞たちの、裸で貧しく飢え渇いている霊魂に、飲ませ、食べさせ、着させ、世話することです。わたしの囲いから離れて行った人、あるいは、その外で育ち、荒地で死につつある人たちの霊魂に。

 キリスト教徒のあなた方、すべてはあなた方にかかっています。とりわけ、わたしの愛する、祝福された最愛の犠牲者たち、花のような魂をすべてわたしのために吐き出し、天国で永遠のバラとして生き続ける花たち──あなた方にかかっています、わたしの真の友たち。誤っている人たちがわたしの所へ戻るように導きなさい。彼らが天国に値するかどうかは裁かずに。

 報いや罰を判断するのは、あなた方ではありません。わたしだけが裁き手です。あなた方は、連れ戻せばよいのです。わたしの武器である祈りと犠牲と言葉を用いて。放蕩息子や放蕩娘を父の家へ連れ戻して、神の心を喜ばせ、天国を喜びで満たしてください。新たな罪びとが回心し、闇から出て、光、真理、愛へ戻ったことの喜びで」。