手記 Quaderni

1943年9月27日

 九月二十七日

 イエズスが言われます。

「わたしは言いました、『わたしの言葉にとどまるなら、あなた方はまことにわたしの弟子である。あなた方は真理を知り、真理はあなた方を自由にする』と。

 わたしの言葉にとどまるとは、キリストにとどまることです。というのも、父の言葉とは、イエズス・キリスト、あなた方の贖い主のことだからです。あなた方は、わたしの言葉にとどまるなら、わたしたち永遠の三位一体にとどまります。あなた方が言葉を愛するなら、その起源を愛するはずで、彼を愛することは、聖霊を愛することにもなります。聖霊は、父とともに、キリストをこの世に送ってくださいました。それは、あなた方に命の教えと贖罪を与えるためでした。

 こういうわけで、わたしを愛していながら、わたしの起源を愛さず、わたしの造り手──愛──を愛さない人は、真にとどまる人ではありません。なぜなら、生きている人々のためにキリストを生んだのは愛だからです。父が子・言葉172を生んだのと同じように。また、人間のために贖い主を生んだのは、愛です。人間と神という二つの本性を結び付けて一つの火にし、そこから、真の光が世に入りました。

 聖三位のうちの一のみを愛して、他の二を愛さない人たちは、真の信者ではなく、キリスト教精神と信仰において誤っています。信仰に失敗すれば、真理においても失敗です。なぜなら、彼らはわたしがもたらした真理を疑い、それを知ることを拒むのですから。その知的能力を妨害して。

 どのように妨害する? 神を拒みます。神は慈しみです。では、慈しみを知らない人が、どうして、神のうちにいると言えるでしょう? 慈しみを知らない人は、愛することができません。愛こそ、神が造り、与えたものなのに。父親の胸に抱かれる息子のように神の中にいないで、どうして、父の超自然的言語を理解できるでしょう?

 信仰の本質は、完全な円のようです。分かりますか? 隔てなく、ただ一つの命の抱擁であなたを包みます。けれども、あなた方が自尊心からであれ、頑なな心からであれ、肉体の重さからであれ、乱暴にそれを壊すなら、隙間が生じ、どんな人間の論理でもふさぐことができません。

 すると、お決まりのコースをたどることになります。あなた方は、自分の意志で開けた深淵へ突進します。あなた方の意志は、神が信じなさいと言うことを、子どもの素直さで信じません。突進すると地上の沼では止まりません。もう、罪です。それというのも、あなた方は天のために造られたのであり、あなた方の霊魂を地上の沼で汚すためではないからです。けれども、あなた方は地を突き抜けて、サタンの国へ急ぎます。なぜなら、神から、その言葉から、その愛から離れて生きる人は、自分で命を殺すのであり、その命は神を憎む者がうろつく恐ろしい火で養われるからです。

 わたしの子らよ、これも信じなさい。あなた方の中にカオスを造るには、真理の一部を否定するだけで十分です。信仰の全体系を粉砕されるには、わたしの教えの一点を受け入れないだけで十分です。あなた方は、亀裂と危険だらけの崩壊した建物の中にいるように感じるでしょう。

 現代のあなた方の世界は、まさにこれをしていませんか? わたしの話の中から都合のよいものだけを選び出し、そのほかを拒んでいませんか? 個々の点だけを信じて、他を拒んでいるのでは? わたしの愛する子らよ、よく考えなさい。わたしはあなた方に役立たない事を話すために来たのですか? ごまかしを? 信じられず、実行できないことを?

 いいえ。わたしの痛みの子らよ。わたしは無益な言葉を一度も発したことがなく、発しません。真実でない言葉を一度も発したことがなく、発しません。霊が信じることができない言葉を一度も発したことがありません──霊とは、神から生まれ、あなた方の中に入れられた神自身の一部という意味です173。わたしは、あなた方が実践したくてもできないことを言ったことは一度もありません。わたしは知、義、善ですから、馬鹿げた命令をすることはなく、あなた方の力量を超えた重荷を与えることもありません。また、善良とは反対の厳しい要求をすることもありません。

 いとしい子らよ、わたしを信じなさい。わたしの言葉を疑うことなく受け入れなさい。あなた方の弱さが理解を妨げる場合には、わたしに頼りなさい。わたしは世の光です。

 百万回でも断言しますが、わたし、神が望んでいるのは、あなた方の破滅ではなく、救いです。そして、ひなを欲しがる雌鶏のように、あなた方を抱きしめます。あなた方の永遠の命を切望するからです。わたしの腕から離れてはいけません。わたしは子らに誠実です。わたしに従いなさい。

 その日は、どんなに美しいことでしょう。広い天空を隔てて愛し合った末に、あなた方がついにわたしの所へ来て、わたしたちが永遠に愛し合うことができる日は。光が光に戻り、命が命に戻り、霊たちは霊に戻り、子どもたちは父の所へ戻ります。亡命者たちは国に戻り、王の継承者はあなた方の神の国に迎えられます。王たちの王、宇宙の主の国へ」。

注

  1. 「子・言葉」と読めるかどうかは不確か。「子、言葉かもしれない。

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  2. 十月一日の口述で、もっと説明される。

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