1943年9月16日
九月十六日
イエズスが言われます、
「それは、あなたが思うような意味ではありません。あなた方イタリア人にも、平安と赦しの時が来るでしょう。あなた方がサタンの手から離れて、再び主と和解する時が来るでしょう。サタンは、怒り狂う狂人が手にしたかせ糸のように、あなた方を虐待しました。けれども、ヨエルの言葉(二章十八~三十二節)は、特定の民のために言われたのではありません。
彼らは、わたしの民です。唯一にして真の偉大な王の民、あなた方の主なる神、三位一体の創造主、人類の贖い主の民です。ヨエルが言う幸福の時とは、後にヨハネが黙示録で語ることの先触れです。
サタンが闇の死者──反キリスト──を通じて地上にもたらす激しい戦いの後、停戦の時が来るでしょう。サタンが与える血なまぐさい贈り物の証拠を示した後で、わたしは、あなた方をわたしの贈り物で満たし、わたし自身へと引き寄せるつもりです。
おお、わたしの贈り物! それは、あなた方にどれほど心地よいことでしょう! 飢えも、虐殺も、災厄もないでしょう。あなた方の体はもちろん、あなた方の霊魂もさらに、わたしの手で養われるでしょう。地は、第二の創造で立ち上がるように見えるでしょう。民の間には、平和と一致のまったく新しい感情があり、天と地には平和があるでしょう。なぜなら、わたしは、わたしの霊をあなた方の上に行き渡らせ、霊はあなた方に浸透し、神の命令についての超自然的なビジョンを与えるからです。
それは霊の王国になるでしょう。神の国。あなた方が『主の祈り』で求める神の国──あなた方は、自分たちが何を求めているのか、知りません、決して考えようとしないのですから。あなた方の心の中でなく、どこに神の国が来ることを望みますか? わたしの地上の王国は、そこから始まらなければなりません。偉大な国ですが、まだ限られています。
その後、土地や時間の境界のない王国が来るでしょう。永遠の王国です。それは、あなた方を天国の永遠の住民にするでしょう。それというのも、当然ながら、わたしはこれらを、わたしの民たちに話しているからです。恐ろしいサタンを王としている堕落者に話しているのではありません。
あなた方の神は、なるべく多くの命を自身に引き付けるために、あらゆる奇跡を働くでしょう。なぜなら、わたしは慈しみと赦しと愛の神だからです。その無限の愛を、あなた方がどんなに研究し、大きさを理解しようとしても、理解しきれないでしょう。わたしのあなた方への無限の愛を、あなた方が考えたとしても、山裾が大陸にまたがり、頂上が雲に達するほど大きな山と、川岸の小さな小石を比べるようなものです。
これほどの愛の奇蹟と、これほどたくさんの聖霊の光があれば、果たして、人間は永遠の神へと向かうでしょうか? 思い違いをしてはいけません。理性のない哀れな動物たちに対して心配りをするわたしは、あなた方の体の困窮に──このためだけでも──心を配ります。これらの動物たちは、未発達な言語で夜明けから夕暮れまでわたしをたたえます。彼らは、わたしの居場所を知ると、地球上のいたるところから集まって、情け深い保護者に感謝します。けれども、人間は感謝しません。
人間のほとんどが、霊的な声や賜物にまったく耳を貸さず、身体的な賜物にも気付きません。わたしの善意に気付くと、感謝してわたしを愛する代わりに、わたしが与える幸福を悪用します。彼らはそれを用いて嬉々として奈落の底へ沈み、泥沼の汚らわしい動物のように転げ回ります。人類の九割を誘惑するものたちが待ち構えています。それは、欲望、肉欲、暴力、盗み、異端、迷信、そしてその他の心身の堕落です。正直な人たちには、恐ろしくて現実とは思えないでしょうが、本当です。彼らは、天の者たちを赤面させ、わたしたち神から拒絶されます。
その時、どんな父らしい贈り物も、天の恐ろしい徴も、人々を神の子らにすることはできません。そして、わたしの偉大で恐ろしい日が来るでしょう。
二十四時間ではありません。わたしの時間は、はかりが異なります。『日』と呼ばれるのは、一日の働きのことです。わたしはそのとき、業を行います。地上で生きている人々に最後の選択を行います。そして、それは、サタンの最後の略奪の中で起こるでしょう。
そのとき、自身の中に神の国を持つ人たちと、サタンの国を持つ人たちが見られるでしょう。後者は、口と、行い、とりわけ冒涜的な心で、最後の掟破りと神への冒涜を行うでしょう。前者は、主の子らであり、民です。彼らは、最後の戦いが言い表せないほどの恐怖で地を叩く中で、わたしの十字架にすがり、わたしの救いの名を呼ぶでしょう。そのとき、彼らは、わたしが裁き手として来ることを怖がりません。むしろ、喜びます。なぜなら、忠実なものは救われるからです。ヨベは、彼らを主の『残りの者ら』と呼びましたが、それは、サタンの略奪の後で主のもとに残った者たちのことです。
永遠の祝福を、祝福を、祝福を、これらのわたしの子らに。永遠の楽園は、彼らのものです。主に忠実な彼らに加わりなさい、どんな時にも。神は彼らのもの、永遠の祝福は彼らのものです」。
今朝、いつものように「聖霊、来てください」と唱えた後、イエズスがわたしを休ませようとしていらっしゃるようなので、聖書を適当に開きました。すると、ヨエル書の第二章、まさに十八から三十二節でした。
この個所を、イタリア人の夢と関連付けて解釈しようとしましたが、イエズスの説明は、もっと高尚な意味でした・・・ばかなマリアはそれを書きとめ、賢いのは主だけですと、つぶやきます。