手記 Quaderni

1943年9月6日

 九月六日

 イエズスが言われます。

 「『あなたは女のうちで祝福された方』。

 ご自身の犠牲によって贖罪を始めた彼女に対する祝福を、あなた方はほとんど言わないか、まったく言いません。天では、わたしたち三位一体の限りない愛によって発せられるこの祝福が、常に響き渡っています。わたしたちの犠牲によって救われた人たちによって燃え上がる愛と、天使の合唱とともに。天はこぞって祝福します、マリアを、宇宙の創造と神の慈しみの傑作を。

 父が無からこの世を創造したことから得られたのがマリアだけだったとしても、創造の業に意味があったことになるでしょう。なぜなら、この被造物は、知恵と力のあかしであるばかりか、神がこの世を創造した愛のあかしでもあるからです。

 この世の創造は、アダムとアダムの子らを生んでしまいましたが、マリアは、人間に対する神の慈しみ深い至上の愛を証言します。なぜなら、贖い主の母、マリアを通して、神は人類の救いを行われたからです。わたしは、マリアが懐妊して、わたしを世に生み出してくれたからこそキリストなのです。

 わたしは神なのだから、女性の胎内で肉にならなくてもよかったのではと、あなた方は言うでしょう。そうです、確かに。けれども、秩序の法則と、わたしが死ぬべき衣の中に無化した利点を考えなさい。

 人間が犯した罪は、肉体化しない神によってではなく、人間によって償われなければなりませんでした。神、肉体を持たない霊が、どうして、自身の犠牲によって肉の罪を償うことができたでしょう? そこで、神であるわたしは、無垢の女性から生まれた無垢の肉と血の苦痛によって、肉と血の罪を贖わなければなりませんでした。

 わたしの思い、感情、霊は、あなた方の思い、感情、霊における罪のために苦しむことになりました。けれども、アダムとその子孫に誘惑者が植え付けたあらゆる形の欲望を贖うためには、犠牲(いけにえ)が、あなた方と同じ性質をすべて持って生まれる必要がありました。神への賠償にふさわしいものとなるために、普通の自然な衣の下に超自然の高価な宝石を隠すように、神性を隠して。

 神は秩序です。そして、その知性によって有用と判断された非常に例外的な場合以外、秩序を乱しません。わたしの贖罪は、それに当てはまりませんでした。

 わたしが打ち消さなければならなかった罪は、それが生じた瞬間から犠牲の瞬間までのものと、罪を犯す前のアダムのように悪を知らずに生まれて来た者たちにもたらされる罪の影響だけではありませんでした。そうではありません。全面的な犠牲によって、わたしは、原罪と、全人類の罪を贖わなければなりませんでした。そして、すでに死んだ人たちに罪の赦免を与え、その時生きている人と、将来生きる人たちが悪に抵抗できるように助け、彼らの弱さから犯しやすい過ちを赦すためでもありました。

 このように、わたしの犠牲は、必要な条件をすべて満たすものでなければなりませんでした。それは、人となった神、神にふさわしい犠牲(いけにえ)、人間に理解できる手段でした。さらに、わたしは掟をもたらすために来ることになっていました。

 もし、わたしに人間性がなかったら、あなた方はどうして、信じることができたでしょう? 哀れな兄弟姉妹たち、この世で人間として三十三年間、人々の中で生きたわたしを信じることに苦労しているあなた方。そして、すでに成長したわたしが、敵意を持つ人や無視する人たちに現れて、彼らにわたしの本質や教えを信じさせようとしたら、どのように見えたでしょう? その場合、わたしは世間の目に、人間に見せかけた霊として映り、人間として生まれて死んだ人には見えないでしょう。本物の人間である証拠として、生身の肉体の傷から本当の血を流し、永遠の住まいに帰る神である証拠として、復活し、栄光ある体を持って天に昇った者として。

 わたしがあなた方と同じように、生まれ、生き、苦しみ、死ぬという被造物の運命を持つ本当の兄弟であると思う方が、人間の条件を超える優れた霊であると思うより、よくありませんか?

 だからこそ、一人の女性が肉体を超えてわたしを身ごもった上で、肉体として生むことが必要でした。それというのも、被造物の結婚からは、たとえ、どんなに聖なる人たちであっても、神である人間の身ごもりはなく、純粋と愛、霊とおとめの結婚によってのみ可能だったからです。おとめは、神の肉体の母体となるために汚れなく創造されました。そのおとめの思いは、神の喜びだけでした。時が存在する前から、おとめの中には父の創造的完成のリストがあります。天の喜び、地の救い、宇宙でいちばん美しい創造の花、生ける星であるおとめ。その前には、父によって造られたすべての太陽が暗く思えるほどです。

 幸せな方、清い方、主に向けて造られた方。

 幸せな方、三位一体に望まれた方、三位一体は、三重の愛の抱擁で彼女と融合する瞬間を望まれました。

 幸せな方、勝利の女性、汚れない白さで誘惑者を打ち負かす方。

 幸せな方、主のくちづけだけを知るおとめ。

 幸せな方、いと高き方のみ旨への聖なる服従で母となった方。

 幸せな方、あなた方全員への慈しみから、殉教を受け入れる殉教者。

 幸せな方、女性と女性から生まれた子らの贖罪主、エバを打ち消し、敵が死の種を仕込んだところに命の果実をもたらされた方。

 祝福、祝福、三倍の祝福を、あなたの『はい』に。おお、わたしの母。神がアブラハム、教父、預言者たちにした約束を実行させた方。罰さなければならなかった愛を緩めて救い主をもたらし、世をエバによってもたらされた糾弾から解放された方。

 祝福、祝福、祝福を、あなたの聖なる謙遜に、燃え上がるカリタに、無垢の処女性に、神の母性に。あなたの愛と苦しみによって、絶えずあなたのイエズスの国に子らを生んでくださる、万民の永遠にして真の霊的な母。

 恵みと救いの母、神の慈しみの母、普遍的教会の母、あなたがなさったことが、永遠に祝福されますように。また、あなたがしてくださることが永遠に祝福されますように。

 聖なる、聖なる、聖なる女性司祭、最初の犠牲を執行された方、ご自身の一部で、世の祭壇で焼き尽くされる犠牲(いけにえ)を準備された方。

 わたしの聖なる、聖なる、聖なる母、わたしが天国と父の胸を恋しがらないようにしてくださいました。あなたの中に、わたしはもう一つの楽園を見出しました。それは、三位が神の業を行う楽園とは異なりましたが、マリアは、地上では、あなたの息子の慰め、天においては、子の喜びでした。そして、父と聖霊の愛の栄光です。