手記 Quaderni

1943年9月5日

 九月五日

 イエズスが言われます。

「『主はあなたとともにおられます』。

主は、常に恵みの中の霊魂とともにいます。神は、誘惑者が近づいている時でも去りません。神が去るのは、人間が誘惑者に負け、霊魂を堕落させる時だけです。そのとき、神は去ります。神は、敵と共存できないからです。そして、蔑むことなく苦しむ父のように、被造物の心に後悔が訪れるのを待ちます。そして、被造物が父との愛の絆を結び直すのを待ちます。

 神は、あなた方といつもともにいることを望みます。もしも、空の星のように数多いあなた方の天使が、『主はあなたとともにおられます』と挨拶するなら、主の喜びは完成します。なぜなら、わたしたちは、あなた方とともにいることを望み、そのためにあなた方を造ったからです。

 マリアは神とともにいて、神はマリアとともにいました。二つの完全性が互いに引き付け合い、愛情の絶え間ない動きで結ばれました。マリア──人間の子の中で唯一、常に完全であった女性──の人間的完全性は、神の完全性に飛び込み、生きる道を見つけました。

 そう、神とともにいることが、マリアの人生でしたが、カルワリオと墓で、死ぬ者と貫かれた女の上に天が閉ざされた最も惨忍な時に神を奪われたことは、贖罪のために求められた大きな苦しみ、七本の剣の中で、最も熱い痛烈な痛みでした。

 わたしは、ゲッセマネから第九時まで、完全な苦しみの頂点に触れました。マリアは、実際に十字架につけられたわけではありませんが、カルワリオから復活まで、同じ完全な苦しみの極に達しました。そして、そのような超絶的な苦しみを受ける理由はただ一つ、神との一致を奪われていることでした。

 あなた方も、そうであるべきです。けれども、人間は今、わたしたちとの一致を煩わしがり、わたしたちを奪われたときの悲惨さを感じません。悲惨、盲目、狂気、死──主との一致を失うとは、そういうことです。あなた方は、それを考えもしません!

 あなた方は、金銭、物、健康、仕事、動物などを失うと、取り戻そうと動きまわり、目的を達するまで力を尽くし、超自然的な方法に頼ります。けれども、神を失っても、少しも探そうとしません。神の道を再発見するために聖職者たちに頼りません。衝動を抑えるためにできるさまざまな人的努力をもしません。神との一致を失うことを、あなた方は些細なことだと思います。けれども、それは根幹にかかわることなのです。

 マリアは、決して神から離れませんでした。霊魂は、天で戴冠された愛の抱擁の中で、融合したままでした。この一致は、アダムの娘としてのマリアの主力でした。というのも、その中に、自身を誘惑者に対して不可侵なものに変える鎧(よろい)を見出したからです。

 神とともにいる人たちに関して言えば、彼らは悪を見ないわけではありません。悪は、汚れた衣服や不快な病気のように、たくさんの被造物にまとわりつきます。彼らもそれを見ます──ほかの人たちよりもはるかにはっきりと見ますが、見ても、何も壊されません。目から悪が入って、肉体や邪悪な心情の中でくすぶる本能を呼び覚ますこともありません。それが起きるのは、神から離れて、敵を客として招き入れている人たちだけです。

 神と一致している人は、神で満たされていて、神でないすべてのものを表面にとどめます。霊魂の表面にさざなみを立てる風は、内部まで入り込んでかき乱しはしません。それだけではありません。神と一致している人、真に神と一致している人は、外なるものを自分自身の中に取り込むより、内なるものを周りに広げます──つまり、神、神性を広げるのです。

 そう、そのとおりです。神とともに入る人は、だれでも、発散する力を持っています。宇宙のたくさんの天体よりももっと強い力です。人間は、そこで精神を疲れさせ、プライドの記念碑を打ち建てました。そして、とりわけ、超自然的に有用な力も持っています。それというのも、自身の中に至聖なる者を宿し、彼によって生きる人は、彼をほかの人々に伝えるからです。だから、人々は、『この人は聖人だ』と言います。

 マリアは、完全なまでに神と一致し、全力で自身を神に融け込ませようとしました。マリアは神だけで生きましたから、彼女は神の中で無になったと言うことができます。

 『マリアは、この中に自身を不可侵なものとする主力を見出した』と言いました。逆に理解してはなりません。最も慎み深い人、マリアは、自分が完全な人間であるとは、少しも考えませんでした。彼女は、自身の定めと無垢を知りませんでした。ガブリエルの言葉と永遠の霊との婚姻の抱擁によって、神秘を知りました。けれども、もう一度言いますが、彼女は落とし穴だらけの若い頃、神との一致に力を見出しました。ほんの一瞬でも神の光輪から離れるぐらいなら百回死んだ方がましというほど、全力でそれを求めました。

 多少なりとも信心深い実践はたくさんありますが、わたしが愛する人たち──そして、ほかの人たちにも──求めたいのは、わたしとの一致という最高の実践です。簡単で、本当の信心深い祈りです。心を燃え立たせ、体を清く、思いは正直で、あなた方のうちのすべてが神性で善良であるようにしてください。そうすれば、天使たちが人間に、『主はあなた方とともにおられます』と挨拶する新たな日が地上に訪れるでしょう」。