手記 Quaderni

1943年8月31日

 八月三十一日

 イエズスが言われます。

「現在の特定の兆候に恐怖を感じることは無意味です。それらは、あなた方の内面の産物です。

 以前、言いました、『悪い思いと感情は心から出るものであり、それらが人を汚す』と。また、こうも言いました、『すべての人は、その行いによって見分けることができる。野性のスモモから甘い果実を取ることができないように、内面が不正直な人から正直な行動を引き出すことはできないからである』と。不正直とは、盗みやうそや、隣人を傷つけることだけではありません。神に関しても、神への敬愛を奪うことは不正直です。創造主を敬愛するのは、人間の義務です。神からの贈り物を邪悪な行いに用いることも不正直です。すべての贈り物、特に、命の贈り物を。

 神があなた方に与えた体を、あなた方がどんなふうに悪用しているか、よく考えなさい。霊魂は体の中で動きます。霊魂は神のための神殿です。そこに宿る精神は、神の掟を理解することにのみ向けられるべきです。心が神への愛と愛の実践だけに占められるべきであるように。ところが、あなた方は何をしていますか? あなた方は、主の言葉に逆らい、主の望みに逆らい、主の命令に背きます、主のみ旨に。野性の雄羊のように、頑固さと反抗という二本の鋭い角を突き立てて、あなた方は神の招きに逆らいます。あなた方は、自分を滅ぼしながら抵抗し続けます。

 あなた方は、それでもキリスト者ですか? いいえ、違います。わたし、キリストは、あなた方に反抗を教えていません。不従順、色情、残虐さ、偶像崇拝を教えていません。それと正反対のことを教えました。命をどのように用いるべきか。あなた方は神の神殿です。神は、あなた方の中に住むことを望んでいます。石や大理石でできた豪華な神殿よりも、あなた方の中に住むことを。

 そう、神は人間の手で造られた住まいを望んではいません。神は、あなた方を望んでいます、自らの手によって造られたあなた方、血と魂の神殿、わたしの血で不死の紫をまとい、貴重な祭壇のように清められたあなた方を。これが神の望みです、あなた方と再び愛の平和に生きることが。

 あなた方が足を踏み入れた困難な道に固執してはいけません、それは、あなた方を破滅させます。真のキリスト者になりなさい、言葉だけのキリスト者ではなく。あなた方の生きている心の細胞にわたしの徴を真に刻まれなさい、空虚な神殿の破風にではなく。あなた方が祈りに来ない神殿、あるいは、空しい心配事や、下等な本能の発酵に心を乱されて来る神殿は空虚です。

 子らよ、心を愛に開きなさい。それが、あなた方に足りないことです。あなた方は、神に対する愛がありません、隣人に対する愛、自分自身に対する愛が。そうです、自分の霊魂を殺しますから、自分への愛もありません。

 覚えていなさい、試練は避けられませんが、害ではありません。害になるのは、あなた方がそれに屈する時です。試練がきつ過ぎると言ってはなりません。いけません。父は、あなた方に与えなければならない試練をお与えになります。試練に耐えるには、十倍の力が必要ですか? 神は、十倍でも、十倍以上でもお与えになります。悪いのは、あなた方が悪に屈することしか望まないことです。あなた方が、邪悪な意志で神の力をくじき、誘惑の口づけに身を投げ出すなら、神に何ができるでしょう?

 このように振る舞うなら、あなた方は霊魂を死の支配下に置き、病気の霊魂や死にゆく霊魂から、あなた方が驚くような感情が沸き上がります。けれども、仕方がありません。腐敗した体には、死臭があります。堕落した霊魂には、罪の兆候があります。