1943年8月28日
八月二十八日
イエズスが言われます。
「わたしが『永遠の犠牲(いけにえ)』と言うとき、新しいことを言っているわけではありません。わたしの最も近くにいたペトロとヨハネたちも同じ考えでした。父と子と聖霊の業について熟考する人は誰でも、同じ考えを持ちます。
あなた方人間は、無限の知性においてすべてを知っておられる神が、わざわざ人間を作ったことに、驚くことがありますが、人間が何を犯すことになるか知っておられたのか、それとも、知っておられなかったのかと、戸惑うに違いありません。
おお、知っておられました! 三位一体の神に知られないことはありません。宇宙におけるすべての出来事は──惑星の誕生と死、星雲の成立と解体、宇宙で始まった世界の生死、激変、爆発──どれも、永遠なる者によって永遠に知られています。そして、地上におけるあらゆる出来事も、永遠に知られています。これは、神によって創造された数百万の世界のうちの一つです。住人であるあなた方は、この世界を知っているわけですが。
そして、地の住民と考えられる人間のあらゆる出来事が、永遠に知られます。アダムが存在する前、神はアダムが罪を犯すことになると知っていました。そして、アダムと共に、アダムの血統は数千年にわたって罪を犯すことになりました。人間による罪も、人間の徳も、どれ一つとして、わたしたちの知に知られないものはありません。それらが生じる時にも、生じる前からも。それは、あなた方の時間のように制限されません。何千年遡ろうとも、時が存在する前から。永遠です。
おお、マリア、早く見なさい、わたしたちの永遠を。この神の徴に飛びつきなさい。よく晴れた空を見上げて、これほど青いものはないと思える青さの先に、もっと高い、無限の宇宙があるのだと考える時のように。エーテルの風、青の渦、深く進めば進むほど、高く上がりますが、決して境界に達することはありません。空の青は、確かに存在しますが、個体のような非存在に過ぎません。その青は、数えきれない多数のエーテルでできていますが、その中で、わたしの父によって創られた世界は踊っています。
わたしたちの永遠性も同じです。存在します! いつ始まりましたか? 始まっていません! いつ終わりますか? 終わりません! どれぐらい持続しますか? いつまでも! いつから続いていますか? ずっと!
一度もない。いつも。完全性について用いられる、この小さな二語について熟考しなさい。あなた方の『いつも』ではありません。それは、あなた方の短い人生に関連付けられ、あなた方の命が続く間すら持続しません。あなた方の『ない』ではありません。それはすぐに打ち消されます。わたしたちの『いつも』とわたしたちの『ない』は、少しも狭められることなく、わたしたちの完全性をまとっています。
何も神に隠されることはありません。何も。それでは、哀れな人間たち、あなた方は、神はなぜ人間を創ったのだろうと不思議に思いますか?
おお、なんと無益な疑問でしょう! あなた方は、神の業を裁くのですか? 栄光に入ったとき、すべての謎が分かるでしょう。今は知らないことを、霊の自由な目で読むでしょう。そのページをあなた方が今のぞき込もうとしても無駄です。大理石の山に穴を開けたがる蟻のように無益なプライドのせいで、最も致命的な誤りに陥っているのですから。
宇宙には、あなた方にとって不思議なことが、まだなんとたくさんあることでしょう! あなた方は、神秘に没頭しています。神の神秘です。第二の生の神秘。宇宙の法則の神秘、あなた方のこの惑星と、他の世界との関係についての神秘。この世における生活と、すでに第二の生に移った人たちとの関係についての神秘。
あなた方の人間的な好奇心と、魂を起源に再結合させたいという欲求が、あなた方に聖なる関心と不敬な関心を持たせます。
聖なる関心は、あなた方が善い行いをするように働きかけます。もっと深く神秘を掘り下げ、超自然のものと一致することを望ませます。霊の王国からの疎外感を感じずに済み、もっと霊的な言葉を理解できるようになり、霊的生活に値する者となり、あの世での、わたしの祝福の中での完成に至るためです。
不敬な関心は、美しく素直な信仰を捨てさせ、アダムのように、当面は知るべきでないことを知りたがり、神秘を侵し、天の門を押し開けようとします。極めて神聖な柵を乗り越えて、楽園で休む者たちの邪魔をします。
わたしの子らよ、それは悪いことです。信じなさい。あなた方に来世の神秘を教える主導権は、あなたの神に任せなさい。死後に残る秘密について、どこまであなた方に教えてよいか、神は知っています。あなた方の父と先生に任せなさい。無作法に踏み込もうとしてはいけません。神が望む以上のことを望んではいけません。礼儀正しくありなさい。
このことは、わたしが言ったことに満足しないで、もっと知りたがる人たちすべてに当てはまります。もし、知らせることが有益であるなら、聖書に書かれた、わたしが生き返らせた三人に、忘れさせたでしょうか? 三人のうちだれも、あの世について話していません。父の言葉であり、無限の知であるわたしでさえ、死と死後の秘密について、あなた方に明らかにしていません。その知識は、あなた方の聖別に不要ですし、むしろ有害だからです。
信じることは、知ることに勝ります。信じることは愛することです。もう一度言います147。信じなさい、神があなた方を創造したのは、愛の衝動からだと。そのような愛に応えるために、愛を持って信じなさい。
そして、七倍の愛で、信じなさい、永遠の犠牲であるわたしは、まさに、これを求めました。なぜなら、時が存在する前から、わたしは、あなた方を救うために、犠牲にされる運命だったからです。
わたしの犠牲は、肉体の命とともに始まったわけではありません。そうではなく、おとめの子宮に肉体として宿る前からでした。アダムの追放とともに始まったわけでもありません。アダムが罪を犯す前からです。御父が『人を造ろう』と言われた時からでもありません。その創造の思いの前からでした。
わたしたち三位一体の第二のペルソナによって成し遂げられたこの犠牲は、わたしたちの生命体の永遠の心臓の中心でいつも打っている鼓動のようです。いつもです、分かりますか? 永遠です、わたしたちが永遠であるように。すべては予見されており、すべては永遠に運命づけられています。
わたしは、永遠の犠牲(いけにえ)、永遠の犠牲者です。その血をあなた方に注入して、あなた方の罪の病を治し、あなた方を神の中で強化します。あなた方に、信仰の確かさと希望を与え、カリタであなた方を養います。あなた方が神を信じ、神において生きることができるように。そして、あなた方が、言葉によって自身を聖化することができるように。言葉は死ぬことがなく、言葉によって養われる人が死ぬことを許しません。
友よ、わたしを信じなさい。もっと信じられる恵みをわたしに求めなさい。信仰の光と、カリタの光が、あなた方に神を見せるでしょう。あなたのイエズスを、もっともっとはっきりと。それは、この世から始まります。
注
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八月二十六日の口述参照。