1943年8月17日
八月十七日
イエズスが言われます。
「わたしが愛する者の口を通じて、『自分たちが突き刺した者』を、彼らは見るであろうと言ったとき、意味していたのは、二千年前にわたしを突き刺した者たちのことではありません。
わたしが来るとき、わたしの国の勝利の時が来るでしょう。わたしの国とその臣民がどんなものになるかは、すでに133説明しました。それは、霊のあかしの時になるでしょう。霊とは、あなた方のうちにしまわれていて、あなた方を神の似姿にする神的な部分です。そのようなものとして、霊的な部分は、糾弾される者と祝福された者を分ける裁きにおいて考慮されるでしょう。また、糾弾される者たちの中には、冒涜的な霊魂をもった人もいるでしょう。その人は、獣を探し求め、獣を礼拝し、獣と姦淫し、何世紀にもわたって、神の子の神聖な霊を突き刺してきました。その呪われた継承は、人の子の肉を突き刺してから始まっていました。
人の子。この言葉の中に、昨日説明した真実があることを熟考したことがありますか? 人間的系統でいうと、わたしはアダムの子です。
わたしを突き刺す人の群れは、海岸の砂のように無数です。砂粒は数えきれません。
すべての罪、わたしに対してなされたすべての罪──今は、人間の苦悩として触れられませんが、今もわたしの霊に対しての侮辱として感知できます──は、人間の行いを記録する本に書き込まれます。
わたしの恩恵を受けてからのすべての裏切り、すべての否定、拒絶、わたしからもたらされた真理に対するすべての罪、聖霊に対するすべての罪──聖霊はわたしの口を通して語り、御言葉の言葉を照らすためにわたしを通して来たのですが──何世紀にもわたって行われてきたこれらの突き刺し行為は、集められた霊たちの中で明らかにされるでしょう。わたしは、これを行った人類がどんなに善に反抗するかを知りながら、救おうとしたのですが。彼らは、わたしのまばゆい光の中で、自分たちがしたことを認めることになるでしょう。彼らは、頑固な意志で逆らいました、うそをつかない者が、言い、そして行ったことに。その者は、神の愛の掟に照らして有益でないことはしませんでした。
愛を拒んだ人たちは、わたしを突き刺したばかりでなく、わたしを生んだ父と、父と子の愛として生じる聖霊をも傷つけました。すべての裁きは、子に委ねられますが、子は、父と聖霊に対して犯されたすべての罪についても裁きを与えるでしょう。
命をもたらす者、すなわち、永遠の生ける者、永遠の犠牲に対して、世は死を望み、有害な罪びとであるかのように死刑を望みましたが、わたしは赦しを与える聖なる者であり、善を行う善者であり、いやしを与える力ある者であり、導きを与える賢い者でした。命をもたらす者は、真の死に対して門を開け、彼を突き刺した者たちの体と霊魂をその中に閉じ込めるでしょう。天に住む命をもたらす者は、命よりも死を望んだおびただしい数の呪われた者たちの上に地獄の門を閉じるでしょう。
わたしはそれをします、なぜなら、わたし、イエズス・キリストは神の子であり、あなた方の救い主であり、主であり、死と地獄の鍵を握る裁判官だからです。
注
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八月十六日の口述。