手記 Quaderni

1943年8月14日

 八月十四日

 イエズスが言われます。

「前に言ったとおり128、あなたは、神父129の助けがあって、こうしています。わたしにこのように支えられていることは、彼が誇ることでも、あなたを落胆させることも、人を驚かせることでもありません。

 わたしは神であり、仲介者は不要です、本当です。けれども、わたしは、愛においても、知においても、すべてにおいて完全ですから、あなた方を駆り立てるのに何が必要か知っていて、わたしがどんなにあなた方を愛しているか感じさせることができます。だから、このように、あなた方にわたしの前触れを務めるよう、協力を頼むことは、わたしの弱さの証拠でも、わたしが独りで行動できない証拠でもなく、愛と知性の証拠なのです。

 わたしはあなた方をとても愛しているので、わたしを助けてくださいと、頭を下げて頼みます。わたしは、あなた方をよく知っているので、このお願いが、あなた方を何よりも駆り立てることが分かります。

 あなた方の霊魂を養う食物となるために、わたしは、だれをも必要としません。しかし、パンを神なる人の体に変化させる秘跡を行うことを、司祭の手に求めます。それは、相互に上昇するためです。

 わたしは、真の社会を築きました、そこでは、互いに尽くし合い、支え合うことを目指しています。偉大な人物から、小さな人まで、あなた方はだれも、わたしの教会の大きな組織にいる意味があります。その王である法王が父と聖霊とともに三位一体であるように、教会は本質において一つで、形においては三重です。

 聖人たちの交わりは、過去と現在のカトリック信者を結び付けます。今苦しんでいるカトリック信者、戦っている人たち、喜んでいる人たち。天国、地上、煉獄は、助け合い、補完し合います。同じように、戦う教会は、助け合い、補完し合わなければなりません。

 おお、わたしの心の中で生まれる気高いカリタよ! 槍よりもまず、裏切りによって引き裂かれた心、わたしのものである生ける徴! わたしの愛の教えに従って、兄弟姉妹として愛し合うことが、天の目にどれほど価値を持つか知ることができるなら、知性に恵まれた者ならだれも、兄弟姉妹として愛することを望まずにはいられないでしょう。純粋に、霊的な目で、霊的な熱で愛することを。わたしの最初の弟子たちは、そのように愛し合いました。そして、この相互的な愛が、世にキリストの真実を確信させました。

 でも今・・・愛が憎悪に置き換えられてしまった今、世はまだこれを確信することができるでしょうか? 知性は害を及ぼし、世はうそをつき、心は裏切り、手は殺しに仕えています。

 祈りなさい・・・もっと祈りなさい。でも、植物は熱い花崗岩にもたれて生きられますか? いいえ。根に命を与える水が得られなければ、死んでしまいます。だから、あなた方の祈りも、愛によって養われなければ、死んでしまいます。

 そして、もし、大罪人である人間が、父のもとへ戻って来たなら、天にはどんなに大きな喜びがあるでしょう! 父は、赦しを与えて溢れるばかりの恵みを与えようと待っています!

 わたしは行きます、十字架を担ぎながら、そして、サタンに倒されて、あなた方が運べない十字架を拾い上げながら。

 世は教会を拒否し、教会は崩壊しています。けれども、人の子が犠牲を繰り返すための祭壇を持たず、わたしの愛の秘跡のための聖体容器を持たなくなるその日は、悲惨です」。

注

  1. 八月十三日の口述。

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  2. ミリオリーニ神父。

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