1943年8月10日
八月十日
わたしは、主に少し不平を言います。それというのも、いつもの習慣で聖書を適当に開くと、とても悲しい個所(エレミア書十章)が目に入ったからです。
わたしには、哀れな祖国への希望の言葉が必要ですのに・・・! わたしたちは罪を非難され、そのために罰せられているのですが、わたしたちに責任があることは分かっています。けれども、神がわたしたちに下される苦痛が、祖国を愛するわたしを苦しめます。
イエズスは、わたしを嘆かせ、二十三節、二十四節と、二十五節の最後の句に注目させます。このように教えられなければならないのだと理解し・・・そして、待ちます。
イエズス118が言われます。
「祈りは、神聖でよいものです。知恵について黙想し、学ぶのにも役立ちます。けれども、神を知るのに、信じることより役に立つものはありません。
人は、主がだれであるかを真に経験するなら、二度と間違うことはありません。人は、真に神に従って祈ることができます。単に機械的に口を動かすだけで、善、赦し、自制、謙遜をまじめに求めないことではありません。神に祝福されるように、掟をもっと実行できるよう、真に求めて祈ることができます。
人は、主がだれであるかを経験すると、永遠に知識、富、力を得ます。それらは、滅びることのない真の栄光を与え、神の意に沿います。
あなた方は、このごろ、祈ってばかりいます。けれども、それはあまり役立ちません。あなた方の神が、無限の善と完全な父性という本性を変えたと考えたくはないでしょう!119 実のところ、あなた方は神に、あまりに多くのもので汚された祈りを示しています。
あなた方の霊を抑圧して汚している三重の服を脱ぎ捨てなさい。偽善、憎悪、色欲から離れなさい。ほかにも、取り除かなければならないものがあります。けれども、これらが最悪でしょう。そして、あなた方が宗教的儀式のためにわたしのもとへ来るとき、それが超自然的ではなく人間的なものを目指しているとき、あなた方は偽善者です。
あなた方は、一体、だれを欺きたいのですか? わたしですか? おお、不幸な人たち! あなた方は、本当の非宗教的な顔の上に宗教的な顔──というか、仮面──をつけて、互いを欺くことができます。宗教とは、神の望みと意志に従うことを意味するのですから。あなた方は、互いを欺くことはできますが、あなた方の神を欺くことはできません。
マリア、あなたなら何と言いますか? だれかが花束や果物をくれようとして、それが、すっかり汚れていたり、腐っていたりしたら、どうしますか? あなたをうんざりさせ、不快にさせるぐらいなら、くれない方がよいでしょう。その通りです。わたしも、あなた方の祈りに対して同じことを言います。
あなた方は憎みます。確かに。憎みます。そして、あなた方の霊は、とても鈍いので、自分がすべてに対して辛辣で、利己心だらけであることに気付きません。けれども、わたしは何と言いましたか? 『祈ろうとしたとき、兄弟があなたに恨みを抱いているのを思い出したなら、まず兄弟と和解してから戻ってきなさい』。祈りを聞き入れられるために欠かせない条件は、心の中に憎しみを持たないことです。憎しみは愛を殺します。あなた方が慈しみ深くなかったら、どうして、慈しみであるわたしの所へ来られますか? 正義であるわたしが、どうして、あなた方を裁かないと思えますか? あなた方を害する人──相手よりも、あなた方が先に害したのかもしれません──に対して、憎悪をもって糾弾するとき、あなた方は、自分を糾弾していることが分かりませんか?
あなた方は貪欲です。何とたくさんの欲──肉欲、知識欲、情欲──が、世界中に広がっていることでしょう。それは、あなた方から出てきます。あたかも、深い所に源がある泉のように。そこは、敵に支配されています! 洪水です──神の意志ではなく、サタンによって起こされた洪水。あなた方は、それに手を貸しています。洪水は地上を覆い、あなた方から光と真理と命を取り去ります。すると、光、真理、命は、悪臭のする泥を嫌う鳩のように、天へと引き返してしまいます。その際、あなた方に不名誉をもたらす泥沼の上に、まれに山頂のように立ち上がる被造物たちをめがけて、すばやく降下します。
わたしの最愛の息子は、人間たちの中に住むことを人間自身によって禁じられました。彼の話に耳を傾けなさい。おお、まだそうすることができるあなた方、わたしたちへの愛から、不健全な波に逆らうあなた方。彼の中に救いがあります、なぜなら、彼は真の贖い主であり、彼の無限の苦しみによる無限の功徳は、永遠に働くからです。けれども、あなた方は、それらをサタンの悪という腐敗とあなた方が蓄えている邪悪によって、むなしいものにしてしまいます。あなた方は罪を一時間しか続かない命のように愛しますが、その罪によって、彼の血の功徳はあなた方の中で破壊されます。あなた方によるこの破壊行為は、ユダヤ人に降りかかる彼の血以上に、あなた方を糾弾し、あなた方をわたしの罰にふさわしい者にします。
あなた方の心は割礼を受けていません。あなた方は、あなた方の心に三重の償いの輪を置くことができず、置こうとしません。あなた方は心を神から奪い、神と全人類の敵に与えてしまいました。わたしが介入するには、あなた方が後悔し、償うことが必要です。この二つがなかったら、あなた方のどんな祈りも、宗教行為も、神に対するうそであり、侮辱になります。
もし、あなた方の行いが、愛の霊の行いを無力化して、もはや霊があなた方の中に愛の奇跡を行うことができないのなら、また、あなた方のうちに敵対勢力がいて、もはや父の言葉が、血と言葉の奇跡を行うことができないとしたら、主である神の父は常に、あなた方の上に罰のむちを振るうことができます。そして、人類によって過度に害された神の三位を自身で守ります。