手記 Quaderni

1943年8月4日

 八月四日116

 イエズスが言われます。

「命を失うことは、肉と血で生きている人間にとっての最上の不運ですが、信仰と霊によって生きている人間にとっては利益であり、損失ではありません。だからこそ、『体を殺すことのできる者を恐れてはならない』と言いました。

 わたしは、どんな人間的残虐行為の状況でも、罪のない人と一緒にいます。殉教者、兵士たちと一緒にいます。犯罪的な家族の束縛に圧迫される人たちと一緒にいます。冒涜的で獰猛な戦いにおいては、わたしに呪われる手段で抑圧される人たちと一緒にいます。

 『冒涜的』と言いました。それ以外に何と言えばよいでしょう? 命と良心の破壊をもたらす人間的プライドのために、権力を乱用して横柄に振る舞うことは、わたしの掟への侵害ではありませんか? わたしが住むためにわたしによって造られた、人間の心より大きな神殿があるでしょうか? 戦闘意欲が住んでいる所に、神の平和が住めるでしょうか? 戦争の庇護下で人間が自分に罪深い行為を許す場所に住めるでしょうか? 戦争の旋風の中で、信仰が死んで不信がはびこる所、カリタが死んで惨忍な行為がはびこる所、祈りが死んで冒涜がはびこる所に? これらの行為はどれも、心から出る行為ではありませんか? 神聖を汚す人はだれでも、冒涜を犯すのではありませんか?

 だから、わたしは言いました、『体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない』と。わたしは、審判の時に不当に殺される人たちを慰めます。そして、これは、その時から、至福の光が来ることの一つの保証です。

 けれども、わたしは、『殺した後、地獄へ投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい』と言います。どのように殺しますか? 何を殺しますか? あなた方の心と魂と霊を。魂は、金庫、聖櫃、霊を収納するチボリウムです。霊とは、神がご自身を被造物の中に置くために、無限の宝の中から神の手によって取り出されたものです。あなた方が、わたしの子としての起源を否定できない徴です。

 血管の中の血液のように、霊は、あなた方の体のうちにとどまります。そして、血液が肉体に地上の生活を生き抜く命を与えるように、霊も魂に永遠の日々を生き抜く命を与えます。

 そこで、計り知れない損失とは、小さな肉体の損失ではなく、霊の損失です。また、人を神の子にする恵みを奪って霊を殺すことほど、神から責められる大きな罪はありません。

 子どもは、母親の子宮の中で育ち、形成されます。母体の栄養器官と接触して栄養をもらいながら、十分に成長するまで子宮内で生活します。それと同じように、霊の生活を送って霊を保つことができる人は、わたしの子宮の中で育つ子のようです。わたしから栄養と力をもらいながら、十分に成長します。

 わたしによって、わたしの中へ、わたしのために、わたしと共に生きると考えるなら、あなたはうれしくて、安心するのではありませんか?

 敵に自分の霊を殺させる人は、敵の共犯者になります。その人は、憎むべきものがあなた方の霊魂を閉じ込める袋を自分の手で開けます。それによって、まず光を奪い、その後、命を奪います。霊魂を地獄の深淵に突っ込みます。そこからは誰も出ることができず、神の永遠の呪いを受けます。それならば、『殺してはならない』と言って、肉体を殺すことを禁じるわたしは、霊を殺すすべての人に対して、有罪を宣告できないことがあるでしょうか?

 誰に対しても。間違いありません。あなた方は意志を持っているのですから、敵はあなた方の同意がなければ殺せません。だから、霊を殺すのは、あなた方です。そこで、霊を殺すすべての人に対して、まことに、まことに、わたしは言います、わたしの声は、息子に拒否された父、家来に裏切られた王のように、恐ろしく響き渡る正義の声で、有罪を宣告するでしょう。

 だから、苦しみの中でも安心していなさい。そうすれば、死ぬ肉体をとおして、あなたの霊は成長するでしょう。あなたの体の死によって、愛の奉献者として、栄養をもらうでしょう。あなたの霊が地上的な粘土の鉢を割って、天におけるあなたのイエズスの永遠の喜びのために強く自由に開花するときが来れば、どんなに素晴らしいでしょう」。

注

  1. ここでも、112と同じ括弧付きの注記が、赤インクで書かれている。おそらく、ミリオニーニ神父によると思われる。

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