手記 Quaderni

1943年8月2日

 八月二日112

 イエズスが言われます。

「信頼しなさい。わたしを持つ人は、すべてを持ちます。あなたは、わたしを信じているのだから、約束どおり、決して飢えることも、渇くこともありません。哀れな体の飢えや渇きではなく、あなたの心、霊魂、精神の飢えや渇きのことです。わたしがすぐそばにいるという思いだけが、あなたを慰め、支え、完全に育みます。

 いいえ。あなたと一緒にいることに飽きることはありません。イエズスは、イエズスなしに幸せでいられない哀れな子らと一緒にいて、飽きることは決してありません。あなた方の物質的な目に見えるよう小さなパンの中に閉じ込められ、教会でじっとあなた方を待っていたときも、飽きたことはありません。

 父がわたしに与えた霊魂たちは、とても大切な宝です。わたしが父から与えられたものを愛情込めて大切にすることに、疑いようがありますか?

 わたしは天で、崇高な神的本質に恵まれていましたが、父によって造られた人類を救いたいという父の要求を満たすために、天から下りました。無限のわたしは、小さな肉体に制限されました。力強い者であるわたしが、暗い人間の服をまといました。宇宙の主人であるわたしが、貧しいい無名の町に。汚れのないわたし、最も清い者が、あらゆる道徳的罪、霊的罪で訴えられました、人間の権威に逆らう者、人民をむしばむ者、神の法を侵す者、神を冒涜する者と。わたしは、すべてを耐え、父の望みをかなえるために、すべてを成し遂げました。

 いいえ。あなたといることに飽きることはありません。あなたを待っています。あなたの時が来たら、あなたは、わたしと一緒に永遠の生命へ昇ります、なぜなら、これは、わたしを信じるすべての人に予約されているからです。前に113言ったように、信じる人、本当に信じる人は、誰でも救われます。信仰が他の徳をももたらし、徳と法を実行させるからです」。

 再び、八月二日114

 イエズスが言われます。

「神父115は、兄弟たちに否定しようのない真実の徴(しるし)を送ってほしいと求めていますが、金持ちの長老に与えたのと同じ答えを与えましょう、『もし、モーセや預言者たちに耳を傾けないなら、たとえ、誰かが死者の中から生き返っても、彼らはその言うことを聞かないであろう』。

 彼らが、わたしによってひらめきを受けた良心の声に耳を傾けないなら、どうして、ほかのものを聞くことができると期待できますか? その声は、論争の余地のない、誠実な警告を発しています。もし彼らが、彼らの中に感受性が残っていたとしても、不信感で窒息しそうになっているなら、どうしてほかのものを聞くことができるでしょう? もし彼らが、自分たちを動揺させている現実に頭を下げず、何も思い出さず、理解せず、受け入れないならば、どうして、一つの徴を信じさせることができますか?

 彼らは、わたしを拒否しないと言いながら、わたしをも拒否します。彼らは『学識ある人』で、素直に信じるための美しい聖なる能力を、科学という石や煉瓦で窒息させています。土まみれの彼らは、土でないものを理解できません。

 ああ、マリア! あなたのイエズスは、どんなに苦しいことでしょう! わたしが死と引き換えに種まいたものを見て。

 もしわたしが現れたとしても、彼らはわたしを信じないでしょう。彼らは、科学のあらゆる道具を持ち出し、わたしの出現の不思議を計測し、記載し、分析し、預言者たちや聖人たちの邪魔をして、彼らの文化によるあらゆる推論を述べ立てます──反対の引用をし、彼らにとって、最も安心できるやり方で──王であり、創造主であるわたしが、出現できない理由を述べ立てます。

 今も、二千年前と同じように、素朴な人たちと子どもがわたしに従い、わたしを信じます。素朴な人たちは、合理主義、不信、自尊心を知らず、子どもと同じような心を持っています。いいえ。わたしの教会には、信じる能力のある人たちがいません。わたしの大勢の臣下の中には、最高の処女性、『霊的な処女性』を保つことができている霊魂が、いくらかは見つかるかもしれませんが。

 おお、霊魂の聖なる処女性! わたしの心に、なんと尊く、いとしく、愛されるのでしょう! わたしの心は、おまえを祝福し、特に気に入っています。おお、霊魂の聖なる処女性! おまえは、おまえを持つ心を洗礼の純白に保ち、おまえを保つ霊魂に堅信の熱を保ち、おまえに身を任せる霊魂たちに聖体(コムネオ)の栄養を保ちます。それは、霊魂が先生であり友であるイエズスとの結婚であり、霊魂を真理にささげる司祭職であり、わたしがあなた方のために準備した住まいに霊魂が入る最後の時に、彼女を清める油です。霊魂の聖なる処女性! 見るための光、理解するための音、おまえを保つことのできる人は、なんと少ないのか!

 わたしの霊魂よ、見なさい。この合理主義の要素ほど、わたしが厳しく非難するものはありません。それは、信仰の花をもぎ取り、汚し、死なせます──信仰と太字で書くように言うのは、真の、絶対的な、威厳ある信仰だからです──わたしは合理主義を殺し屋と非難します。まさに、人々の心の中のわたしを殺し、教会と世界に非常に悲しい時をもたらします。

 ほかにも色々なものを非難してきました。けれども、これほど忌まわしいものはないでしょう。これは、あらゆる有害な教えを生む種です。敵に扉を開ける裏切り要素です。実際、サタンに扉を開けました。合理主義の支配が始まって以来、これほどサタンに支配されたことはありません。

 けれども、『人の子が来るとき、地上に信仰が見出されるであろうか』と言われています。合理主義は、このように働きます。わたしは、わたしの仕事をします。

 否定的な科学に直面した時に、罪と情熱に扉を閉ざすように秘密の神殿の扉を閉めることのできる人は、幸いです。そして、全である唯一者とだけと共に最後まで生きられる人は。

 まことに、あなたに言います、わたしは、人間的な罪を犯して後悔する人を、わたしの心に抱きしめましょう。ただし、つまり、わたしが何でもできることを、その人が常に認める限りですが。けれども、神父が顕現において与えてほしいと望む超自然的なものを、人間的な科学をもとに否定する人に対しては、正義の顔を示すでしょう。難聴に生まれた人は、聞こえませんね? 事故で鼓膜が破れた人も聞こえないでしょう? わたしだけが、手を触れて、聴力を戻すことができます。けれども、わたしに触れられることすら拒む霊的難聴者を、どうやって聞こえるようにできるでしょう?

 神父からの質問で、最終的な敵に関しては、恐るべきものは神秘で覆ったままにしておきましょう。あなた方が知っても仕方がないことがあります。善人でいなさい、それで十分です。今のうちに、すぐに、あなた方の善良さを差し出しなさい、アダムの子孫が怪物に支配される期間を短縮するために。

 時間に関して言えば・・・千・・・二千・・・三千というのは、あなた方の限られた精神状態を示す指標です。敵の子──『男の意志によって生まれたのでなく』、サタンと同じ高さと深さに達した霊魂の意志によって生まれた子──の野蛮な統治は、とても残酷なものになり、その時代を生きている人たちには、一分が一日、一日が一年、一年が一世紀に感じられるでしょう。けれども、神にとって、一世紀は一秒の千分の一に過ぎません。なぜなら、永遠とは、無限の時間の実在だからです。その恐ろしさは計り知れず、その中に埋没した人間の子らにとって、最も暗い夜の闇が真昼の陽光に思えるほどでしょう。

 彼の名前は『否定』かもしれません。神を否定し、命を否定し、すべてを否定するからです。すべて、すべて、すべて。

 あなた方は、その時にいると思いますか? おお、哀れな人たち! あなた方が生きているのは、遠雷の時代です。やがて、頭上に稲妻が走るでしょう。

 善人でいなさい。あなた方の上に、わたしの慈しみがあります」。

 同じ八月二日の夕方、イエズスが再び現れます、血まみれの服で。わたしたちに命を与える酒となるために、ご自身を踏みつけにされた姿で。

 とても悲しそうです。ただ一言おっしゃいます、「わたしはとても苦しんでいます!」と。口の動きではっきりとおっしゃいます。ほかの時は、悲しそうだったり、ほほ笑んでおられたりするときにも、口を閉じたまま、わたしの心を打つ言葉を伝えられます。今回は、実際に唇を動かして、「わたしはとても苦しんでいます!」と言われます。そして、その語調が、とても悲しそうで、力がなく、わたしは剣で刺されるようです。

 今夜、わたしのイエズスは、なぜ特別に苦しんでおられるのでしょう? だれがイエズスを打ち、血を流させ、泣かせたのでしょう? ほほ笑んでいただくために、何ができるでしょう? どこで、だれによってか分かりませんが、重大な罪が、今夜犯されたのでしょうか。それ以外、分かりません。

 今夜は、接客に忙しく、少ししか祈ることができませんでした。でも、旅人への慈しみは、祈りと言えますね? イエズスがわたしのせいで苦しんでおられるとは思いませんから、穏やかでいられます。

注

  1. 括弧付で「ノートに書き写した・・・そして・・・」という赤インクの注記が続く。おそらく、ミリオニーニ神父によると思われる。

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  2. 七月十八日と七月二十二日の口述で。

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  3. 112と全く同様に注記が続く。

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  4. ミリオリーニ神父。

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