私に啓示された福音 Gospel

第136章

ラザロ家での奉殿記念祭。自らの意志とイエズスの誕生を巡る述懐によって生起する霊魂たち。

1945年3月22日。

かねてよりさんぜんたるラザロていが、今夜はまた一段と光り輝いている。燃える灯火の数と、夜のこの第一の始まりに、中庭付中央広間から、このポーチから外にあふれ出る光は、最初の数メートル小道の砂利と草と月桂樹の茂みに金をまとわせながら、月明かりの黄色い肉的輝きと格闘し、勝利しながら伸びて行き、そのうち彼方で月がしんばんしょうに投げかける純銀の衣装によってすべてが天使的輝きとなり、やしきはまるで火に包まれたようだ。

養魚池の噴水の分散和音アルペッジョの声だけがするすばらしい庭園を取り巻く静寂も、天上的、瞑想的な安らぎを増すかに思われ、それに反して、邸では大勢の愉快な声が、調度品を動かし移動させたり、食卓に食器を運んだりする陽気な物音に混じって聞こえ、人は人、まだ霊ではないことを思い出させる。

マルタは、赤紫色のきらびやかな、だがつつましいゆったりとした服を着てかいがいしく動き、一本の花、美しい釣鐘草の一本か、それとも中庭付大広間の色の壁に向かって舞っている蝶、それともきょうえんの部屋のじゅうたんの微細な模様の中に舞う蝶さながらである。

他方、イエズスはといえば、養魚池のほとりを独り物思いに耽りつつ散策しており、一本の高い月桂樹の見事な巨木が投げかける暗い影から、あるいはますます澄み渡る月影から、こもごも吸い込まれる。砕け散り、その後ダイヤのりんぺんとなり、池の水鏡に消える噴水は銀の羽毛かと見紛うばかりに勢いがいい。イエズスは見詰め、夜の水の語る言葉に耳を傾ける。それらの言葉は、密生した月桂樹の葉陰で目覚めたナイチンゲールが、フリュートの最高音で水の滴のアルペッジョのレントに答えるほど音楽的な一つの響きを勝ち取り、それからナイチンゲールは正しい音を出すために水の合意を取り付けるかのように一息つき、最後に、歌の王者よろしく、その完璧な、多様な、よどみの無い喜びの賛歌を披露する。

イエズスは、自分のきぬずれの音で、ナイチンゲールの晴れやかな喜びと、またわたしが思うに、彼の喜びも妨げまいとして、頭を垂れ、真に静穏な喜びの笑みをたたえてもはや歩こうとはしない。ナイチンゲールが、これほど小さな喉でどのようにあの音の長さを保てるのかわからないが、上昇するトーンでテヌートと抑揚のある清澄な一音階を歌い終えた時、イエズスは感情をあらわにして叫ぶ。

「聖なる父よ、この完璧さと、わたしに味わわせてくださるこの喜びのゆえに、あなたは賛美されますように!」。それからおもむろにそぞろ歩きを始める。
シモンがそばにやって来る。「先生、ラザロがお戻りくださるようにと言っています。準備万端整いました」。
「行きましょう。そうすれば、マリアのせいで、わたしがあの二人を愛していないという、最近の疑いも晴れるでしょう」。
「先生、どれほど彼らは泣いたことか! ただあなたの秘められた奇跡のみが、あの悲しみを治すことができました……しかし、あなたは、彼らの帰宅の際に、彼女が喜びのために、そして……他の横柄なことのために、自分はこの墓場から脱け出すのだ、と言って家を出て行った時、ラザロが危うく後を追おうと飛び出すところだったことをご存じないでしょう? わたしとマルタは、そうさせないよう必死で彼を引き留めました。というのも……ある心の反応が何をしでかすか、予断できません。彼は彼女を見付けました。彼はきっぱりと彼女を罰したと、わたしは思っております。二人は、少なくともあなたについて、彼女に沈黙を望んだようです……」。
「それと、彼女に対するわたしの即時の奇跡をね。そしてわたしにはそれができたでしょう。しかしわたしは、強いられた復活を人の心に望みません。わたしが死に対して無理やりねじ込めば、死はその獲物をわたしに手放すでしょう。わたしは死と生の主人だからです。しかし、息を吹きかけなければ生命の無い物質とは異なり、自らの意志で蘇えることができる不滅の本質である霊魂たちには、わたしは復活を強いません。ちょうど、誰かが、窒息しそうな暗闇の中に半死半生で閉じ込められ、長期間そのままでいたら死ぬであろう墓を開き、空気と光をその中に招じ入れる人のように、わたしは、最初の呼びかけをし、最初の助けの手を延べます。もし霊魂がそこから出たいと決意すれば、そこから出ます。それを決意しなければ、さらにもうろうとなり、奈落に落ちてゆきます。しかし出るなら! ……おお! もし出るなら、まことにわたしはあなたに言いますが、霊魂における復活者より偉大な者は誰もいません。自らの愛の力によって、また神の喜びによって生者に戻ったこの死者よりも偉大なのは、ただ、絶対的なのみです……この霊魂たちは、わたしの最も大きな勝利です! シモン、空を仰いでみなさい。そこには星々と星くずと、大きさの異なる惑星が見えます。どの星にも命があり、それらを創造なさった神によって、またそれらを照らす太陽によって命と輝きを受けています。しかし、どれもが同じように輝いてはおらず、大きさも異なります。わたしの天空でもそうあるでしょう。あがなわれた者たちは皆、わたしによって命を得、わたしの光によって輝くでしょう。しかし、皆が皆同様に輝き、大きくなるわけではありません。ある者はガラテヤの銀河をつくるそれのような、単なる星くずであるだろうし、キリストからもらったというよりは、地獄行きを断罪されないために不可欠な最小限のものだけをキリストから吸い込み、神の無限の憐れみによって、長い煉獄の火に焼かれた後、ようく天に辿り着く数え切れない霊魂たちでしょう。別の霊魂たちは、もっと輝き、成熟しているでしょう。彼らの意志──意志であって善意ではないことに注意──をキリストの御旨と一致させ、地獄に落ちないために、わたしの言葉に従うでしょう。それから、惑星、善意の霊がそこにはいるでしょう。おお! 頂点に達した輝き! 純粋なダイヤモンドの光か、それとも多彩に輝く宝石──こう玉の真紅、むらさきしょうの紫、玉の黄金色、しんじゅの純白──の光は、愛のために死に至る恋人たち、愛のために痛悔する者たち、愛のために働く者たち、愛のために無垢な人たちの霊です。

また、これらの惑星の幾つかは、愛のためにすべてとなるでしょうから、その内に、こう玉の、むらさきしょうの、玉の、しんじゅの輝きを放ち、贖主のわたしの栄光となるでしょう。以前、愛することができなかった自分を赦すに至った英雄的な霊たち、アハシュエロスの前に出るために、少しずつ、少しずつそれが我が身に残るように、不屈の香料で自分を満たしたエステルのように、罪のうちに見失っていた歳月に行わなかった罪滅しで自分を満たす痛悔者の霊たち、霊魂やのみならずぞうにもある一つの感覚を忘れる雄々しさにまで至る清い霊たち。彼らはその多様な輝きによって、信じる者たちの、清い者たちの、かいしゅん者たちの、殉教者たちの、修行者たちの、罪人たちの目を引きつけるであろうし、この各々のはんちゅうにしたがって、彼らの輝きは言葉、答、招き、確約となるでしょう。

さあ、行きましょう。わたしたちは話していますが、あちらではわたしたちを待っています」。
「あなたがお話しにある時、生きていることさえ忘れます。このお話の一部始終をラザロに話してもいいですか? その中には、ある約束が隠されていると思われます……」。
「それをあなたは言わねばなりません。この友の言葉は彼らの傷の上にそっと止まることができるし、わたしの前でかいた赤恥に恥じ入ることはないでしょう……マルタ、わたしたちはあなたを待たせましたね。シモンと星々のことを話していて、この家の光のことを忘れていました。本当に今夜、あなたの家は星空です……」。
「わたしたちのためやしもべたちのためだけでなく、あなたのため、あなたのお友達のためにもわたしたちはこれらの灯火を点けました。祭の最後の夜に来てくださってありがとうございます。今、この祭はまさに清めです……」。マルタはもっと何か言いたそうであったが、熱いものがこみ上げてきそうなので口をつぐむ。
「皆さんに平和」と、イエズスは、至る所に点火して置かれた十余りの銀のランプの灯がこうこうと輝く中庭付中央大広間に入りながら言う。

ラザロがほほ笑を浮かべて前へ進み出る。「先生、あなたに平和と祝福があり、聖なる幸多き幾とし月がありますように」。二人はせっ吻する。「わたしたちのさる友人達から聞いたのですが、あなたは、ベツレヘムが、ある遠いほう殿でんねん祭で燃えていた時にお生まれになったとか。今夜、あなたと共にいるわたしたちと彼らは大喜びです。彼らが誰かをお聞きにならないのですか?」。
「弟子たちとベタニアの愛すべき人たちでなければ、羊飼いの他には誰もいません。ということは彼らです。来ているのですか? 何のために?」。
「わたしたちのメシア、あなたを礼拝するために。わたしたちはそれをヨナタンから知り、ここにいます。今はラザロの家畜小屋に入れているわたしたちの家畜の群と共に、また、今もいつもあなたの聖なる御足の下にあるわたしたちの心と共に」。

 イサクは、イエズスの足下にひれ伏すエリヤ、レビ、ヨセフ、ヨナタンを代表して語る。ヨナタンは、主人のお気に入りの執事にふさわしい柔らかい服を着込み、イサクはその疲れを知らぬじゅんれいしゃらしく色の、防水もできる重いもうしょくの服を着込み、レビ、ヨセフ、エリヤは、羊飼たちの家畜の群の匂いが染みついたぼろぼろの服を着て饗宴の席に着かなくてすむように、ラザロから貰ったさっぱりした清潔な服を着込んでいる。
「さてはこのために、わたしを庭園におっぽりだしたのですね? 神が皆さんを祝福されますように! 今のわたしの幸せに欠けているのは母だけです。さあ、立ちなさい、立ちなさい。母無しに祝うわたしたちの最初の誕生日です。しかし、あなたたちの出席はこの悲しみと彼女の接吻へのノスタルジアを軽くしてくれます」。

一同は饗宴の部屋に入る。ここにあるランらんの大部分は金と金属製であるから炎の光は生気を帯び、炎は重々しいその金が放つ反射光によってより輝くかに見える。多くの人びとの席をつくり、肉を切り分ける人やきゅうたちが思いのままに立ち働けるためにU字型にしつらえられている。ラザロの他に使徒たち、羊飼たち、シモンの老僕、マッシミーノがいる。

マルタは席の配置に気を配り、立っていたいのだろう。しかしイエズスは命令する。「きょうはあなたは宿主ではなく妹です、だからわたしの血縁の一人であるかのように座っていなさい。わたしたちは一つの家族です。愛に席を譲るためにルールはありません。ここに、わたしの脇にあなたが座り、あなたの傍にはヨハネが座る。わたしはラザロと一緒に。でもあなたたちはわたしに一本の灯火をください。わたしとマルタの間を一つの灯火が見守るように……一つの炎は、欠席者たちと出席者たちのためにも。すなわち愛されている女たち、待たれている女たちのため、遠くにいる愛すべき女たちのために。すべての女たちのために。この炎は光の言葉に語ります。愛は炎の言葉を持ち、その言葉は、いつも存在している霊たちの無形の波の上へと、山を越え海を越えてはるばると赴き、多くの接吻と祝福を届けるのです……すべてを届けます。そうではないでしょうか?」。

マルタは、イエズスが望むように、空席のまま残された一つの席に燭台を置く……そして、マルタは理解して腰を屈め、イエズスの手に接吻するが、イエズスはその後、その祝福と慰めに満ちた手を、マルタの黒い髪の上に置く。

食事は始まる。羊飼いたちは、最初は緊張気味で戸惑っている風であったが、― それに反してイサクは自信ありげで、ヨナタンは窮屈な思いなど一切無い様子である ― それは食事が進行していくにつれ、徐々にくつろぎに変わっていき、だんまりの後話を始める。そして彼らの(じゅっかいでなくして彼らに何を話すべきことがあろう?
「わたしたちは仕事を終えて家に帰ったところでした」と、レビが言う。「そしてわたしは寒くてぶるぶる震えながら羊たちの間に潜り込み、母恋しくて泣いていましたっけ……」。
「わたしはといえば、その少し前に出会ったあの若い母親のことを思い出し、『宿はとれただろうか?』と、自問していました。それが宿屋ではなく家畜小屋だったと知っていたら! わたしは自分たちの粗末な小屋に連れて来ただろうに! それにしても彼女 ― 我らが谷間の百合 ― は、『わたしたちの所へおいでください』と彼女に言うのは、彼女への侮辱だと思われるほど優しく気品がありました。しかし彼女を思い……この寒さはどんなにか彼女を苦しめるだろうと思うと、自分の身がもっと凍えるのを感じたものです。あの夜見た光のことをあなたは憶えていますか? あの時のあなたの恐怖を?」。
「よく憶えている……そしてその後……あの天使が……おお!」。レビは白昼夢でも見ているように自分の思い出に微笑みかける。 「おお! みんなちょっと聞いてくれ。わたしたちは僅かのことしか、それもあてずっぽうなことしか知りません。天使たちのこと、まぐさおけのこと、群のこと、ベツレヘムについての話は聞いている……それに彼はガリラヤ人で大工だということを知っている……わたしたちが知らないのは正しいことではない。アックヮ・スペツィオーザで、わたしは一度先生に尋ねたことがあります……しかし彼はご自分について他のことを話された。知っている者は、何もわたしには話してくれない……そうだ、ゼベダイのヨハネ、わたしはあなたに話しているのだ。あなたは何という見上げた敬老の精神の持ち主だ! 何もかも自分のために心にしまって、わたしが木偶の坊弟子に育つのを見ているがいい。すでに木偶の坊のわたしなのにこれでも足りないと、あなたは言うのですか?」。

ペトロのこの悪気わるげのない憤慨に皆が笑う。だが彼はその師に向かう。「彼らは笑っています。でもわたしは正しい」。それからバルトロマイ、フィリポ、マタイ、トマ、ヤコブとアンデレに向かう。 「さあ、あなたたちもそう言って、わたしと一緒に抗議してくれ! なぜわたしたちだけが何も知らないのか?」。
「実際のところ……ヨナが死んだ時、あなたたちはどこにいましたか? レバノンのどこに?」。
「実際のところ・・・ヨナが死んだ時、あなたたちはどこにいましたか? レバノンのどこに?」。
「おっしゃる通りです。しかし少なくともわたしは、ヨナは臨終のせんもう状態にあるのだと思っていましたし、レバノンでは……わたしは疲労困憊し、睡魔に襲われました……先生、おゆるしください、でも真実です」。

「それは多くの者たちの真実であろう! 福音伝道された者たちの世界は、わたしの使徒たちの教えがあるにもかかわらず、自分の無知を弁解しようとして、しばしば永遠の審判者にあなたと同じことを答えるでしょう。『それはうわごとだと思っていました……わたしは疲労困憊し、睡魔に襲われていました』と。そして、うわごとり替えるから、たびたび真実を認めないでしょうし、あまりにも空しい、束の間の、罪深くもある物事にかまけて疲労困憊し、睡魔に襲われるだろうから、真実を思い出さないでしょう。必要なことは唯一つ、神を知ることです」。
「よろしうございます、わたしたちにも叶ったことをおっしゃった今、事の次第はどうだったのかを、わたしたちにお話しください……あなたのペトロに。その後、わたしはそれを人びとに語ります……そうでなければ……さっき申し上げたとおり、わたしは何を言うことができるでしょう? 過去を知らず、預言、レバノンについて説明できず、未来を……おお! 哀れなわたし! それじゃあわたしは何を宣教するのですか?」。
「先生、そうです。わたしたちも知らねば……わたしたちはあなたがメシアだと知り、信じています。しかし少くともわたしの場合、ナザレから何かよいものが出たためしがない、といういわれを厭々いやいやながら認めざるを得なかったのです。なぜ、あなたの過去をわたしにすぐ明らかにしてくださらなかったのですか?」と、バルトロマイが言う。
「あなたの信仰とあなたの霊の輝きを試すために。でも今、わたしはあなたたちに話しましょう、いやもっとはっきり言えば、わたしたちはわたしの過去について話しましょう。わたしは羊飼も知らないことを言うでしょうし、彼らは見たことを語るでしょう。あなたたちはキリストの初めを知るでしょう。聞きなさい。
おんちょうの時が訪れたので、神はご自分の処女しょじょを用意された。神は、消し去り得ないしるしをサタンが残した所に住まうことはできないのを、あなたたちはよく理解できます。そういうわけで、至上の力は、罪の汚れの無い彼の未来の聖櫃せいひつをつくるために働かれた。そして、年老いて出産するという、普通の法則に逆らって、二人の義人から、罪の汚れの一点も無いあの女が生まれた。

わたしの祖母、アロンのアンナの老いた胎を若返らせた胚の肉に、あの霊魂を入れたのは誰か? レビ、あなたは、すべてを告知する大天使を見ました。あなたなら、それはあの大天使だ、と言うことができます。なぜかといえば、『(神の力』は、常に聖者たちと預言者たちに喜びの雄叫びをもたらした勝利者であったし、サタンの大力たいりきさえも枯れたこけくきのようにへし折るほど御し難く、その有徳うとくで明晰な知性は、もう一つ別の、だが悪意のある知性の策謀を思い止まらせ、直ちに神の命令に従わせるからです。

 預言者たちに語るために降りて来たことのある地球への道をすでに知っていた彼、告知者は、歓喜の雄叫びを上げて神の火からこの永遠の少女の霊魂であった無垢の火花を拾い集め、その霊的愛である天使の炎の輪の中に封じ込め、それを地球上の一軒の家、一人の胎内に運んだ。その瞬間から世は礼拝する女を有し、その瞬間から神は、その地球の一点を不快感無く御覧になることができた。こうして一人の女の子が生まれた。神と天使たちに愛された女、神に奉献された女、両親から聖なるものとして愛された女。 『そしてアベルは彼の群の初物を神に捧げた』。おお! 永遠のアベルともいえるわたしの祖父母は、彼らの富のすべてである愛の初物を、彼らにそれを与えた者に捧げて死ぬことを知っていた!

 わたしの母は、三歳から十五歳まで神殿の少女であったが、彼女の愛の強さはキリストの到来を早めた。母の胎に宿る以前に処女、ある胎の暗がりで処女、産声を上げた時に処女、その最初のあんよを始めた時に処女、神の、神だけのものであった処女は、神によって彼女に与えられた夫から、結婚後も手つかずの女のままでいる承諾を得て、イスラエルの律法の命令を超越する彼女の権利を宣言しました。
ナザレのヨセフは義人でした。神の百合は彼にしか与えられえなかったし、彼のみがそれを有した。霊魂において、また肉において天使である彼は、神の天使たちが愛するように愛した。その向こうには主の契約の箱がある天の火のさくを越えることなく、夫婦のすべての愛情と優しさを傾け合うこの強烈な愛の深淵(しんえん)は、地球上の僅かな人にのみ理解されるだろう。それは、岩をも通す一念をもつ義人にのみできた、という証言です。それができるのは、根源にまでさかのぼる罪の汚れを未だ止める霊魂でも、上昇する力強い力を持ち、また、神の子としての尊厳に対する想起そうき帰依きえは、父への愛のために、立派に働くからです。

神の告知をもたらす天使ガブリエルが再び地球に戻り、母となることをこの処女に求めた時、マリアは夫との同棲の日を待ちつつ、まだ彼女の家にいた。天使はすでに祭司ザカリアに、先駆者の誕生を約束したのだったが、その約束をザカリアは信じなかった。しかしこの処女は、それが神の思し召しならば、あり得ると信じ、彼女の無知を卓越した崇高なものに昇華し、たった一言尋ねただけだった。『どうしてそのようなことがあり得るのでしょうか?』と。

 そこで天使は答えた。『おお、マリア、あなたは恩寵満ち満てる方です。だから主からあなたが受けた恵みとあなたの処女性に関しても恐れてはなりません。あなたは身籠り、子を産むでしょうが、その子をイエズスと名付けなさい。彼は、ヤコブとイスラエルのすべての父祖、預言者に約束された救い主だからです。彼は聖霊の働きによって生まれるだろうから偉大であり、至高者の真の子となるでしょう。預言されたように、父は彼にダビデの王座を与え、世々に至るまでヤコブの家を治めるだろう、だがその真(まこと)の王国は終わりが無いだろう。今、父と子と聖霊は、この約束を果たすために、あなたの従順を待っておられる。あなたの従姉のエリサベツの胎内には、すでにキリストの先駆者がいますが、もしあながた承諾すれば、聖霊はあなたに降り、あなたから生まれるであろう御者は、聖であり、神の御子の真の名が付けられるでしょう』と。

 そしてマリアはその時答えた。『わたしは主のはしためです。あなたのお言葉通り、わたしになりますように』と。こうして神の霊はその花嫁に降り、その最初の抱擁のうちに、彼女に満ち溢れていた沈黙、謙遜、賢明、受徳などの諸徳を超完成する聖霊の光が分け与えられ、彼女は知恵と一体になり、愛徳から切り離されること無く、従順な女、貞潔な女は、わたしという従順の大洋の中に没し、処女性を摘み取られる不安も知らず母となる喜びを知ったのである。花の中に凝縮し、こうして神に身を捧げる雪であった・・・」。
「だがその夫は?」と、ペトロが呆気に取られて尋ねる。

「神の封印はマリアの唇を閉じました。この不思議な出来事を知らなかったヨセフが、母となったマリアの姿に気付いたのは、彼女が親類ザカリアの家から帰って来た時でした」。
「それで彼はどうしたのですか?」。
「苦しみました……そしてマリアは苦しみました……」。
「もしわたしだったら……」。
「ヨナのシモンよ、ヨセフは聖人でした。神はその贈物をどこに置くかを御存じです……想像を絶する苦しみの末、彼は不正を我が身に負って、彼女を離縁することにした。その時、あの天使が降りて来て彼に言った。『あなたの妻マリアを家に迎え入れるのを恐れてはならない。彼女の胎内に宿されているのは神の子であり、神のみ業によって彼女は母である。その子が生まれたら、彼をイエズスと名付けなさい。彼は救い主だからだ』と」。
「ヨセフは学識のある人でしたか?」と、バルトロマイが尋ねる。
「ダビデの末裔(まつえい)にふさわしく」。
「それでは、『見よ、一人の処女が子を産むであろう』と言ったあの預言者を思い出す光に照らされていたでしょう」。
「はい。それに照らされていました。試練の後には歓喜が続きました……」。
「わたしだったら……」と、またシモン・ペトロが言う、「そうはならなかったでしょう。なぜならそうなる前に、……おお! 主よ、わたしでなくてほんとうによかった! わたしだったら有無を言わさず、花の茎を折るようにへし折っていたでしょう。そして、たとえわたしが殺人犯にならなかったとしても、後に彼女を恐れるようになったでしょう……聖櫃に対する幾世紀来の全イスラエルのあの恐怖……」。
「モーセも神を恐れました、にもかかわらず救助され、彼と共に山上で過ごしました……さて、ヨセフは、花嫁の聖なる家に行き、処女と、生まれて来るはずの子のめんどうを見ました。そして、全世界の人びとを戸籍に登録する勅令が出ると、ヨセフはマリアを連れ、父親の地に行きましたが、ベツレヘムでは人びとの心が愛徳に閉ざされていたため、彼らは迎え入れられませんでした。さあ、それから後は、あなたたちが話す番です」。
「わたしは夕方、一頭のろばにのって微笑んでいる若い女に出会いました。一人の男が彼女に連れ添っていました。その男はわたしに一杯の羊乳と情報を求めました。そこでわたしは知っていたことを彼に言いました……それから夜になりました……そして一つ強大な光が……わたしたちは外に出ました。……そしてレビは放牧用の囲いの側で一天使を見ました。天使は言いました、『救い主がお生まれになった』と。真夜中でした。満天の星空でした。しかしやがてその星々は、あの天使と幾千の天使たちの光の中に消え失せました・・・その時を思い出し、エリヤは今も泣いている)。そしてあの天使はわたしたちに言いました。『彼を拝みに行きなさい。ある家畜小屋の、二頭の動物の間に置かれた秣桶(まぐさおけ)の中に・・・あなたたちは、みすぼらしい布に巻かれた赤ん坊を見つけるでしょう……』と。おお! これらの言葉を言いながら、天使たちは何ときらきらと輝いていたことか! ……それはそうと、レビ、天使が救い主と名指して身を屈めた後、『主キリストです』と言った時、その両翼(りょうよく)が炎を送っていたようだったのを憶えていますか?」。
「おお! 憶えていますとも! 千の天使たちの声ですか? おお! ……『いと高き天には神に栄光あれ、地には善意の人びとに平和あれ!』。あの音楽はここにあります、ここにあります、そしてそれを聞く度に、わたしは天へと引き上げられるのです」、そしてレビは、涙の光る恍惚とした顔を上げる。 「それからわたしたちは行きました」と、イサクが言う。「運搬用の家畜のように荷物を背負い、結婚式の時のように喜び勇んで。そしてそれから……あなたのいたいけな声と、あの母上の声を聞いた途端、わたしたちはもうどうしていいかわからなくなり、内部を覗くよう、子供だったレビの背中を蹴りました。その純真無垢といったら。その前でまるでわたしたちが腐乱した病人に見えたほどでした・・・そしてレビはその声に耳を傾け、泣きながら笑い、その声を小羊の鳴き声で繰り返すものだから、エリヤが連れて来ていた一頭の雌羊が哀れっぽい一鳴きをしたほどでした。その洞窟の隙間からヨセフが出て来て、わたしたちを中に入れてくれました……おお! 何とあなたはちっちゃく、美しかったことか! ざらざらした干し草の上の薄桃色の薔薇のつぼみ)……あなたは泣いていた……それから、わたしたちが差し出した羊の皮と、エリヤの雌羊から搾って差し上げた乳の温もりに、あなたはニッコリなさった・・・あなたの最初のお食事でした……おお!……そしてそれから……わたしたちはあなたに接吻しました……アーモンドとジャスミンの匂いがしました……そしてそれからというもの、わたしたちはもはやあなたを放念することができなくなりました……」。
「実際に、あなたたちはあの時以来、わたしをおいてきぼりにしませんでした」。
「おっしゃる通りです」と、ヨナタンが言う。「あなたのあの御顔は、わたしたちの内に焼き付いています。あなたのあの声、あの微笑みも……あなたは成長していかれた……あなたはますます美しくなっていかれた……善人たちの世は、あなたをあやすためにやって来ました……そして悪意をもつ人たちの世は、あなたを見なかったのです……アンナ……あなたのあの最初のあんよ……あの三人の博士……あの星……」。
「おお! あの夜、何という光! 何千という灯火で世は燃え上がっているかのようでした。それに反して、あなたの来臨の夜、その光は動かず、真珠のようでした……星々の踊りの時でした。それは星々の礼拝の時でした。そしてわたしたちは、ある高所から隊商が通るのを見て、駐留するかどうかを見ようと、その後からついて行きました……そして一日後、ベツレヘムはあの賢者たちの礼拝を見たのです。そしてそれから……おお! あの恐怖については何も言いますまい!」と、エリヤの述懐は生気を失う。
「そうだ、それは言わぬ方がよい。沈黙は憎しみを覆う……」。
「一番大きな悲しみは、もうあなたと共にいないということでした。あなたの消息が絶えたということでした。ザカリアさえもそれを知らなかったのです。わたしたちの最後の頼りだったのに……それも無くなりました」。
「主よ、なぜあなたはしもべたちを力づけてくださらなかったのですか?」。
「フィリポ、なぜと問うのですか? そうするのが賢明だったからです。あの時以来、霊的修養を積んだザカリアもベールを取ろうとはしませんでした。ザカリア……」。
「でも、羊飼たちの世話をするのは彼であった、とおっしゃったのはあなたでした。ならば、なぜ彼は、まず羊飼たちに、次いであなたに、わたしたちが互いに別のお方を捜していたことを言わなかったのですか?」。
「ザカリアは全く人間的な義人でした。口が利けなくなった九か月間にその人間的なところを削ぎ落とし、より義人らしくなり、ヨハネの誕生へと続く何か月の間に改善しましたが、人としての彼の傲慢の上に神の否認が落下した時、義人の霊になりました。彼はこう言ったのです、『神の祭司たるわたしは言うが、救い主はベツレヘムで生活すべきである』と。そこで神は彼に、たとえ祭司の判断であろうと、神に照らされていなければ、それは下らない判断だということを示されました。『わたしの一言がキリストを殺させる羽目に至ったやも知れぬ』という戦慄すべき思いの下で、ザカリアは義人になり、今は天国に入る日を待っています。正義は彼に賢明と愛徳を教えました。羊飼たちへの愛徳、キリストが知られてはならなかった世に対する賢明さです。故国に帰る日が来ると、わたしたちは、すでにザカリアを導いていた同じ賢明さで、ヘブロンとベツレヘムを回避し、ナザレに向かい、海に沿ってガリラヤへ帰りました。わたしの成人式の日にさえ、ザカリアと会うことはできませんでした、というのも、その前日に彼は、同じ成年式を迎える彼の息子を連れて出発した後でしたから。

神は見守り、神は試し、神は対策を講じ、神は完成させておられた。神を有することは、喜びを有するのみか努力をすることでもあります。わたしの父は愛の努力を、わたしの母は霊肉の努力をしました。幼子メシアを神秘がその影でくるむために、適法も禁じられました。

 そしてこれは、三日間、わたしを見失った時の二人の苦悶の二重の理由を理解しない多くの人に対する説明となるでしょう。見失った子への母の愛、父の愛、時期尚早に明るみに出てはならないメシアを守護する者の背筋の凍る思いと、神の偉大な賜物である世の救いを守り通せなかったという恐怖です。これが、あの異例な叫びとなった動機でした。『子よ、あなたはどうしてこんなことをしたのですか? あなたの父さんとわたしは心配してあなたを捜していたのです!』。あなたの父、あなたの母……神々しい受肉の輝きの上に、ベールはかけられました。そして二人を安心させる答が返って来ます。『なぜあなたたちはわたしを捜したのですか? わたしはわたしの父のことに専念しなければならないことを、あなたたちは知らなかったのですか?』。極めて貴重なものとして、聖寵満ち満てる女から受け止められ、理解された答でした。すなわち、『心配しないでください。わたしは幼く、子供です。でも、人びとの目には体、知恵、恵みにおいて成長していても、わたしは父の子として完全です。だからその光を輝かせて父に仕え、救い主の地位を保持して父に仕えることができます』。そして、この一年そうして来ました。

今、時は来ました。すべてのベールは取り払われます。またヨセフの子はその本性を顕示します。すなわち、福音のメシア、救い主、贖罪主そして未来世紀の王です」。
「ヨハネとは一度もお会いになっていないのですか?」。
「わたしが洗礼を受けることを望んだ時、ヨルダン川で一度会ったきりです」。
「そういうわけで、あなたはザカリアがこの羊飼たちに善い事をしたのを御存じなかったのですね?」。
「すでにあなたに言ったでしょう。あの無垢の幼子たちの血が流された後、義人たちは聖者になり、人びとは義人になった、と。ただ悪霊たちのみがそのままの状態で残りました。ザカリアは謙遜と愛徳と賢明と沈黙によって自分を聖化することを習いました」。
「わたしは聞いたことを全部思い出したい。だがそれができるだろうか?」と、ペトロが言う。
「シモン、安心しなさい。明日、羊飼いたちに全部繰り返してもらいます。心静かに。果樹園で。もし必要なら一度、二度、三度までも。わたしは収税机の上で鍛えられたから暗記力はいい方だ。皆の分まで思い出すでしょう。あなたが望む時に、全部思い出させて差し上げましょう。カファルナウムではメモ帳さえも持っていませんでした」と、マタイが言う。
「おお! そうだったなぁ、あなたは本当に一ドラクマも間違わなかった!……よく憶えているよ……よろしい! わたしはあなたの過去を、それも心から赦します。もしあなたがこの物語を思い出すなら……そしてそれを頻繁にわたしに思い出させてくれるなら。この物語が羊飼たちの心に刻み込まれているように、わたしの心にも刻み込みたい……ヨナがそうであったように……おお! 彼の名を唱えつつ死ぬことと!……」。

 イエズスはペトロを見詰め、微笑む。それから立ち上がり、ペトロのごま塩頭に接吻する。
「先生、なぜこの接吻を?」。
「なぜならあなたは預言者のようだったから。あなたはわたしの名を唱えつつ死ぬでしょう。わたしは、あなたの内で語っていた聖霊に接吻したのです」。
それからイエズスは立って、一つの詩編を全文、力強く先唱する。全員がそれをおうむ返しに繰り返す。「『立って、あなたたちの神である主を賛美せよ。永えより永えに至るまで。栄光ある御名が讃美されますように。あなたのみが主。天とその高き極みを、そのすべての軍勢を、地とその上にあるすべてのものを』などなど」(民の奉納祭でレビ人たちによって歌われた讃歌でエズラ記九章にある)。古い典礼で歌われたのか、それともイエズスが自分のものとして歌ったのか、わたしにはわからないこの長い賛歌をもってすべては終わる。