私に啓示された福音 Gospel

第131章

アックヮ・スペツィオーザでの説教。『他人のものは何であれ盗んではならない』。ヘロデの罪。

1945年3月15日。

は人それぞれに必要なものを与えられます。これは真実です。人には何が必要でしょうか? えい耀ようえいですか? 大勢の使用人ですか? 数え切れない田畑や牧場のある広大な土地ですか? 落日と共に始まり、日が上るまで続くうたげですか? いいえ。人に必要なのは一つの屋根、一切れのパン、一着の服です。生きるために不可欠のものです。

周りに目をやってみなさい。誰が一番ほがらかで、健康ですか? 誰がつつがない健やかな老年を送っていますか? 道楽三昧の人たちですか? いいえ。誠実に働き、欲求し、生きる人たちです。彼らは色欲に毒されず、強さを失いません。快楽や暴飲暴食に毒されず、しなやかです。羨望に毒されず、はつらつとしています。それに反して、どんらんな者はますます自らの平安を殺し、うつうつとして楽しまず、ねたみあるいはやり過ぎで干からび、年よりも老けて見えます。

『盗んではならない』という掟は、『他人のものを欲しがってはならない』という掟と併合できます。事実、極端な欲望は盗みに至らしめるからです。これからあれへと行く短い一歩でしかありません。あらゆる欲求が不法行為なのでしょうか? わたしはそうは言っていません。一家の父親は畑で、あるいは職場で働きながら、それによって子らのためにパンを得ようと欲求しますが、真実、罪は犯していません。それどころか父としての義務を果たしています。しかし、人生の悦楽しか追求せず、その欲望を満たそうとして人のものを我が物にすれば、その人は罪を犯します。

嫉妬! もしどんらんと嫉妬でないなら、他人のものに対する欲望とは一体何でしょうか? わたしの子らよ、嫉妬は、から人を引き離し、サタンと手を組ませます。あなたたちは、他者のものを欲しがった最初の被造物はルシフェルであったとは考えませんか? 彼は大天使の中でも一番美しく、神の寵愛を得ていました。これをもって満足すべきでした。彼はに嫉妬し、彼がになりたいと欲し、そして悪魔になったのです。最初の悪魔です。

第二の例。アダムとエワはすべてを所有し、地上の楽園をとことん楽しみ、との友情で固く結ばれ、から与えられるおんちょうの賜物によって至福の日々を送っていました。彼らはこれで満足すべきでした。彼らは善悪の知識をもつに嫉妬し、のひんしゅくを買ってエデンから追放されました。最初の罪人たちです。

第三の例。カイン*は、アベルと主との友情をねたみました。そして最初の殺人者になりました。

アロンとモーセの妹マリアは、兄に嫉妬し、イスラエル史上最初のらい者となりました。

わたしは、の民の全浮沈に一歩一歩あなたたちを連れて行けるでしょうが、そこにあなたたちは、節度を越えた欲望が、その保持者を罪人となし、その保持国をちょうばつに値するものとするのを見るでしょう。なぜなら個々人の犯す罪は積み重なり、国々の罰を引き起こし、こうして砂漠の砂の粒々のように、世々にわたって積み重なり、国とそこに住む者たちを埋没させる地滑りを引き起こすからです。

わたしはあなたたちに模範として幼子たちを引き合いに出しましたが、それは彼らが単純で信頼に満ちているからです。きょうはあなたたちに言います。欲望から解き放たれている小鳥たちに倣いなさい、と。

見なさい。今は冬です。果樹園に小鳥たちの食べ物はわずかです。しかし小鳥たちは、夏に冬の食べ物をたくわえる心配をしますか? いいえ。に信頼しています。一匹のいもむし、一粒の穀物、一握りのパンくず、一匹のかえる、水上の一匹のはえがいつも自分たちのぶくろに運ばれてくるのを知っています。小鳥たちは屋根下の暖いむねとか、羊毛や綿の一房が自分たちの冬のねぐらのためにはいつだってちゃんと用意されていることを知っているし、巣造りのための枯れ草やひなのための充分な食事が必要な季節ともなれば、野原には香り高い枯れ草があり、果樹園やうねみぞには汁の豊富な食べ物があり、空中や大地には昆虫が潤沢であることを知っています。そして、『創造主よ、わたしたちに与えてくださり、これから与えてくださるであろうもののために、あなたに感謝』と、そっと歌い、愛の季節が来れば花嫁とむつみ合い、ひながかえれば、自分たちの繁栄を見て、勢一杯声を張り上げて創造主を賛美しようと待ち構えています。

この小鳥ほど陽気で幸せな被造物がいるでしょうか? にもかかわらず、その賢さは人の知性と比べると何でしょうか? 一つの山に対する、シリカのりんぺんのようなものです。しかしこの小鳥はあなたたちに教えています。まことにあなたたちに言いますが、不純な欲望を抱かずに生きる者は、小鳥の陽気さを所有します。彼はに自らを委ね、だと感じています。彼は昇る日に微笑み、下りる夜のとばりに向かって微笑みます。太陽は彼の友であり、夜は彼のだと知っているからです。彼は人に恨みを抱かず、人の復讐にもびくともしません。何一つ、人を傷つけていないからです。彼はその健康や睡眠についてかこつことはありません。誠実な生き方は病気を遠ざけ、安らかな眠りを与えることを知っているからです。最後に、彼は死をも恐れません。良い行いをしてきたので、の微笑を浴びることしかできないと心得ているからです。

王も死にます。金持ちも死にます。死を遠ざけるのはおうしゃくではなく、不死を買うお金でもありません。王の中の、主人の中のの前では王冠も金貨も笑止千万なものであり、ただ一つ価値をもつのは、律法のうちに生きられた一生だけです!

あそこのあの奥にいる人たちは何を言っているのですか? 話すことを怖がることはありません」。
「アンティパはどんな罪を犯したのですか? 盗みですか、それともかんいんですか? そうわたしたちは言っていたのです」。
「わたしはあなたたちが他人の振りを見ず、むしろおのれの心を見張ればいいと思います。しかしあなたたちの問いに答えましょう。彼はよりも肉を礼拝する偶像崇拝の罪、かんいんの罪、盗みの罪、不法な欲望の罪、殺人ほうじょの罪を犯しました」。
「アンティパは、救い主であるあなたによって救われるでしょうか?」。
「罪を悔い改め、に立ち返る者たちを、わたしは救うでしょう。罪を悔い改めない者たちに、救済は無いでしょう」。
「あなたは彼を盗人だとおっしゃった。でも何を盗んだのですか?」。
「彼の兄弟からその妻を。盗みは金銭のみに限られません。ある人から名誉を奪うのも、ある娘の処女性を奪うのも、ある人からその妻を奪うのも、ある隣人から牛を、あるいは果樹を奪うのがそうであるように、盗みです。その上、いんとうあるいは偽証によって加重された盗みには、じゃいんの、あるいは姦通の、あるいは虚偽の罪が加重されます」。
「売春する女はどんな罪を犯しますか?」。
「もし彼女が結婚していれば、夫に対する不倫の罪と、盗みの罪を犯します。もし独身であれば不浄の罪と自分自身に対する盗みの罪を犯します」。
「自分自身に対するですって? 自分のものをくれてやっているのに!!」。
「いいえ。わたしたちの体は、の神殿である霊魂の殿となるために、によって創造されました。だから誠実に維持されねばならないのです。そうでなければ霊魂はの友情と永遠の生命を奪われる被害者になります」。
「それでは、一娼婦はもはやサタンのものであることしかできないのですか?」。
「あらゆる罪はサタンとの売春です。罪人は、金で買われた女のように、不法な情交を通じて汚らわしい儲けを得ようとサタンに我が身を売るのです。人を不浄な動物にも等しいものとする売春の罪は、重大な、極めて重大な罪です。しかし、あなたたちは他のあらゆる大罪がそれよりも軽いと思ってはなりません。偶像崇拝についてわたしは何を言おうか? 殺人については何を? それでもなお、は、黄金の牛を造ってしまったイスラエル人たちを赦されました。二重の罪を犯したダビデを赦されました。悔い改める者をは赦されるのです。つうかいが罪の数と重大さに見合うものであれば、わたしはあなたたちに言いますが、より痛悔する者はより多く赦されるだろう、と。痛悔は愛のあり方だからです。効果的な愛のかたちです。悔い改める者は、その痛悔の念をこめてに言います。『わたしはあなたを愛し、あなたから愛されたいので、あなたの御立腹には耐えられません』と。そしてはご自分を愛する者を愛されます。だからわたしは、より愛する者はより愛される、と言うのです。完全に愛する者はすべてを赦されます。そしてこれは真実です。

行きなさい。しかしその前に、町の門に子だくさんの一未亡人がいて、飢え死にしかかっていることを、あなたたちに知ってほしい。借金を払えずに家を追い出されました。そして、彼女を追い出すことしかしなかった家主に、いまだに『ありがとう』と言える人です。わたしは彼女と子供たちにパンを買うためあなたたちの献金を使いました。でもあの人たちには避難する場所が要ります。憐れみは主が最も喜ばれるいけにえです。あなたたちはどうか善良であってください。わたしは主の名において、あなたたちに報いを約束します」。

人びとは何ごとかささやき合い、相談し、論じ合っている。

その間にも、イエズスは、ほとんど視力を失っていた男を完治し、病む嫁のもとに来てくださるようにと、イエズスに頼み込むためにドコからやって来た老女の話に耳を傾ける。それは話すも涙、聞くも涙の物語なのだが、きょうという日は、半死状態にひとしいわたしは、それを書き取れない。

幸いにすべては終わる。というのも、三時間前から続く心臓発作で目がくらくらし、金輪際、これ以上書き進められないからだ。

* カイン…アベル。この二人は、『創世記』4章でしばしば言及される。彼らのストーリは特に、本作品の606章において言及されている。