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権威筋の承認と印刷許可

ロマン・ダニラク司教
ニュッサの名義司教
聖セルギウス・バッカス教区
Piazza della Madonna dei Monti, 3
00184 Roma Italia

ローマ・カトリック教会が宗教書に付与する「権威筋による承認(Nihil Obstat)」と「印刷許可(Imprimatur)」は、その書籍の教義の正統性を証明するものであり、それを付与した司祭・神学者や許可を与えた司教の個人的な見解や信念を示すものではありません。これは、その内容がキリスト教やカトリックの信仰や道徳に反しないということの保証です。この慣行は信徒のために役立ってきましたが、過去には濫用もありました。カトリックの聖職者(司教、司祭、神学者)が書籍を禁じたり、異端とされた男性や女性を火刑に処したりした事例が伝えられています。異端の罪で火あぶりにされた聖女ジャンヌ・ダルクやサヴォナローラの例もあります。またスペインの異端審問に関する話もあります。聖トマス・アクィナスやピエトレルチーナの福者パードレ・ピオなど、神秘家であり神学者であった聖人たちも、教会の上長から異端やヒステリーだと非難されましたが、教会は最終的に彼らを聖人として認めました。現代でも同様の事例が見られます。教義の純粋性を守るために熱心な「魔女狩り」を行う者たちは、疑わしい近代主義的な神学者だけでなく、信心深く聖なる人々の著作や天からのメッセージとされるものも、自分たちの考えと合わないという理由で非難します。チャネリングだとか何だとかと言って告発するのです。そのような名前がいくつか思い浮かびます。ルイザ・ピッカレータ、コンセプシオン・カブレラ・デ・アルミダ(コンチータ)、マリア・ヴァルトルタ、ジュリア・キムなどです。近代においては、尊者アグレダのマリアや尊者カタリナ・エンメリックもいました。神学者や司教は超自然的現象に関して問題を抱えています。

ここでは、その中の一人であるマリア・ヴァルトルタの生涯と著作にまつわる諸問題を取り上げたいと思います。ヴァルトルタは1887年にイタリアのカゼルタで生まれ、1961年にヴィアレッジョで亡くなりました。若い暴漢によって鉄棒で背中を殴打されたことにより、1930年代後半から寝たきりになりました。主の十字架と一致して自分の十字架を背負うというマリアの覚悟を、主は受け入れられました。ヴァルトルタは犠牲の霊魂となり、イエズスはヴァルトルタの苦しみへの献身に対し、無限のおんちょうによって報いました。ヴァルトルタはイエズスの書記となったのです。イエズスは、1943年に始まり1954年まで続いた一連の私的な啓示の中で、ご自分の生涯、死と復活の物語、ご自分の母と初代教会の物語を口述されました。他の聖なる霊魂たちには、御自分の受難の聖痕を外面的に示すことが御自分の目的に合っていたのですが、マリア・ヴァルトルタは受難のしるしを外部の世界からは見えないようにしてほしいと願ったので、主はその謙遜を尊重されました。晩年、ヴァルトルタは完全に自分の中に閉じこもりました。しかし、1943年から1954年までの十二年間、ヴァルトルタは多くの執筆を行い、何冊ものノートを埋め尽くしました。

キリストと教会に忠実であったヴァルトルタは、カトリック教会の教会法と規則に完全に従いました。当時、教会の承認なしには、いかなるものも印刷することは許されていませんでした。この要求にもかかわらず、ヴァルトルタの霊的指導者であるミリオリーニ神父と、ヴァルトルタの作品の最初の編集者であるミケーレ・ピサーニは、著作の断片を公表し始めたのです。マリアのしもべ会の三人の修道士たちが、『神人の詩』の最初の巻のタイプ原稿をピウス十二世に提出した際、教皇は彼らに、「何も付け加えず、何も取り去らずに出版せよ」と言われました。

ピサーニ氏は、ヴァルトルタによるキリストの生涯の第1巻、『神人の詩』第1巻を、地元の司教の承認なしに出版しました。このことが熱心な聖職者たちによって上長に報告され、『神人の詩』は教義上の誤りのためではなく、必要とされる「権威筋による承認」と「印刷許可」を得ずに印刷されたために、禁書目録に載せられてしまったのです。

現在の英語版では『神人の詩 Poem of the Man-God』と題され、その後のイタリア語版で『私に啓示された福音 L’Evangelo come mi è stato rivelato』として知られる本書は現在、イタリア語版で4版目が刊行されており、他の多くの言語にも翻訳されています。ラッツィンガー枢機卿は私信の中で、この著作には教義や道徳における誤りがないことを認めています。イタリア司教協議会も、現在の編集者であるエミリオ・ピサーニ博士との書簡の中で同じ事を認めています。

教皇パウロ六世は、1965/6年に禁書目録制度を廃止しました。新しい啓示を伝える著作に対し、事前の承認はもはや必要ではなくなったのです。著者と出版者は、啓示だとされる著作に関して、その真実性を主張することはせず、教会の最終的な判断に委ねなければなりません。この規定は、信仰や道徳に反しない限り、過去の啓示にも遡及して適用されます。この同じ聖職者の何人かは、びゅうの喜劇の中で、今度は教会法の規則を無視して、マリア・ヴァルトルタの著作を非難し続けています。

重要な問題はこれです。「彼女の著作には信仰や道徳に反するものがあるのか?」ヴァルトルタの批評家たちはみな、信仰や道徳に反するものは何もないと、渋々ながら認めています。旧禁書目録は廃止されました。それにもかかわらず、伝えられるところによれば、カトリック神学者や司祭、カトリック系ウェブサイト、新聞、さらにはラジオ番組までが、1958年の信仰教理省の最初の非難を持ち出し、古い骸骨を持ち出すことにこだわっているということです。これは学術的に誤りであるだけでなく、この天からの賜物と、神の忠実な僕であり犠牲の魂であるマリア・ヴァルトルタを非難し続けることは、全く不道徳で罪深いことです。

以上は、私の本来の意図への若干長い導入です。私の本来の意図とは、権威筋の承認と印刷許可の、そしてあるカトリック修道士によるマリア・ヴァルトルタの著作に関するウェブサイトを推薦する手紙を送ることです。私は、『神人の詩』や、ヴァルトルタの他の著作には、信仰や道徳に関して何も問題がないと述べているだけではありません。私は、さまざまな神学者の著作を一堂に集めたこの修道士の綿密な研究を称賛したい。私的啓示の意義に関するカール・ラーナー神父のような様々な神学者の著作。マリア・ヴァルトルタに関して証言し、著作を著した無数の他の神学者の著作。ヴァルトルタの初期の霊的指導者の一人であったコラード・ベルティ神父によるヴァルトルタの著作に対する神学的注解。その他、聖書学者、聖地の地理学者、神学者、司祭や科学者、弁護士など、生前のマリア・ヴァルトルタを知り、訪問した人々による、マリアの著作の様々な側面に関する数多くの証言や研究。聖書釈義研究者であり宣教師である福者ガブリエル・アレグロ神父(フランシスコ会)の証言や、マリア・ヴァルトルタの著作に関する賛否両論をすべて照合した、現在の編集者であり著作の出版者であるエミリオ・ピサーニ博士の綿密な研究をも提示しています。マリア・ヴァルトルタの著作を入手した人にとっても、このキリストと聖母の生涯をまだ読んでいない人、とくに、石を投げたい人にとっても、何度も訪れる価値のあるウェブサイトです。

2002年2月13日
イタリア、ローマ
†ロマン・ダニラク司教*

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*訳注:ダニラク司教は2012年10月7日に帰天されています。